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2004.07.30

ご自身へのご褒美

今夜は、東京湾に浮かぶ船上で晴れの表彰式と伺っている。
「TOP1」紆余曲折の中から、這い上がってこられた社長様、
本日は心よりお祝い申し上げます。

お祝いに、社長の好物である「せんべい」をと思いましたが、
今や世界中で謳われている「詩」をお贈りさせて戴き、翌日
にひかえてる晴れやかな、お身内様の祝宴に、意気揚々と
征かれ、存分に「自分らしさ」を出されることを切に祈ります。

『母』

母よ  あなたは
なんと不思議な  豊富(ゆたか)な力を
もっているのか
もしも  この世に
あなたがいなければ
還るべき大地を失い
かれらは  永遠(とわ)に  放浪(さすら)う

母よ  わが母
風雪に耐え  悲しみの合掌(いのり)を
繰り返した  母よ
あなたの願いが  翼となって
天空(おおぞら)に舞いくる日まで
達者にと  祈る

母よ  あなたの
思想と聡明(かしこ)さで  春を願う
地球の上に
平安の楽符(しらべ)を  奏でてほしい
その時  あなたは
人間世紀の  母として  生きる

   

投稿:by 青っち 2004 07 30 10:30 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2004.07.29

見抜く眼を持たんとね!

今月もあっという間に終わろうとしている。
7月は特に関係深い社長さん等との会話で「人事」の話題
が特に多く苦慮されていた。

青からは、こんな譬えを話させて貰いながら、価値ある時
間を共有した夏でもあった。

古典もたまには良いモノですよ。(^^)v

袋の中に錐を入れると、先端がすぐに突き出る。

「嚢中の錐」とは転じて「才能ある人はかくれていても頭角を
現す」という意の成語。

だが、この語を引用した歴史書『史記』を見ると、才能ある人
を“見抜く側の眼力”も問われている。

趙の国の王子である平原君は、祖国が秦に攻められたとき、
楚に援軍を求める使者に立った。同行の士20人を選ぼうとす
るが、最後の一人が決まらない。

門下の毛遂が自ら名乗り出た。

平原君は「嚢中の錐」の譬えを引き、「拙者は先生のことを
聞いた事がない。それは、先生に良いところがないからだ」と
言下に退けようとした。

問答の末、平原君は、渋々、毛遂を一員に加えたが期待はし
ていなかった。

だが、あに図らんや、毛遂の英知は鋭く、巧みな交渉により楚
の援軍派遣に成功。平原君は、毛遂の才能を見抜けなかった
自らの不明を恥じ入ったという。

人材育成の第一歩は「見いだす」ことですよね。

可能性を秘めた逸材が目の前に居られても、それを抜てきする
度量がなければ、宝の持ち腐れである。

人材がいない、と嘆くなかれ、と青は強く申したい。人材の資質
を見抜ける眼を持つ事が「王道」だと!

紀元前の古典が、そう呼び掛けている。

外は雨、トホホ…。
へんてこ台風君、あんまり子供の夢を壊さないでおくれ。<(_ _)>

投稿:by 青っち 2004 07 29 04:36 午前 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2004.07.28

真っ正面から

ここのところ、斜め角度の士業さん等に振りまわされている。
自身の事務所が「逆」の立場であれば、権力をもって迫って
くるものを。

他人任せの事務作業。
青はこの「事務」こそが、最も顧客と信頼関係が築け、顧客
からの採点が端的につけていただけ、且つ収益性の最先端
モノと確信している。  郵便物ぐらい出さんとね、ご自身で。
バッチは、必須ではないよ。時に頭を下げることも賢人かと。

投稿:by 青っち 2004 07 28 11:44 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2004.07.27

署名の報告ヽ(^。^)丿

本年、3月このBLOG中で「署名」を試みましたよね!

短期間ではありましたが、東京はもとより、大阪や名古屋更には三重の方々まで御家族も含めご賛同して下さり、その節は本当に有難うございました。_(._.)_

日本政府が主導する「メソポタミア湿原復元プロジェクト」、新聞紙上でもご覧下さったように、署名の成果が見事反映され、ゆっくりでしょうが動き始めました。

「湿原復元事業は良いことだ」
「イラク政府が望むなら日本として支援を惜しまない」
「私も本物の湿原を見てみたい」と、当時、小泉首相は湿原
を視察して帰国された方々に対して、こう言明されてた。

「551万185人」の署名。

今署名は、旧フセイン政権により破壊され、消滅の危機にあ
るイラク南部からイランに跨るメソポタミア湿原の復元を求め、
小泉首相、川口外相、小池環境相に宛てたモノでした。

具体的に、お復習いすると。。。

1,日本主導で、メソポタミア湿原復元の為の国際会議を開
催すること。
2,現地調査の再開を目指し、国連環境計画等国際機関と
緊密に連携していくこと。
3,イラクの文化財保護・修復の支援策として、イラク国立博
物館や文化財研究所の人材研修や財政支援等を行うこと。
等々を政府に要請したモノでした。

署名を受け取った福田前官房長官は、同湿原の復元を通し、
イラクの本格的な復興を願う多くの人々の思いが「ズシリと
伝わってくる」と述べ、署名の意義を尊重し、政府として積極
的に復元へ取り組んでいく意向を示した。

又これに対し、川口外相は「日本には、釧路湿原の復元等で
蓄積されたノウハウがある。釧路湿原の復元と同じくメソポタ
ミア湿原でも、環境省、国交省、農水省と密に連携していきた
い」と答えた。

一方、小池環境相は、「有識者による検討会を設置し、メソポ
タミア湿原復元等、イラクの環境面での復興に、できることを
検討している」と説明。


日本資金で復元の計画」(読売新聞 7月25日付より引用)

国連環境計画(UNEP、本部ナイロビ)は23日、聖書に登場
する「エデンの園」が、あったとされるイラク南東部メソポタミア
湿地帯の環境を、イラク復興信託基金に日本政府が拠出した
資金を利用して復元させる事業計画を発表した。

これにより、野鳥や野生生物の宝庫とされた湿地帯の回復を
図る。湿地の水を飲料水に変える水道設備なども整備する。

同湿地帯は、チグリス川、ユーフラテス川でのダム建設や、
1991年の湾岸戦争の際に周辺住民が反政府的だったとして、
元大統領サダム・フセインが排水による報復を行ったことから、
環境破壊が加速。

2001年には湿地帯の9割が消失、古代エジプトで霊鳥として
あがめられたコシグロトキの生息地が失われ、2008年までに
は全体が消滅するとみられていた。

又、周辺住民が、湿地帯の水をそのまま飲料水に使うため、
風土病も、まん延している。

署名活動も行って政府に強く要請していたわけで、1年も経た
ずに実現することができたんだから、これを凄いと云わず何と
云うか。

報道によれば、この事業の資金は、既に、日本政府がイラク
復興信託基金に拠出している中から充てられる予定で、その
規模は、1100万ドル(約12億円)になるとのこと。ヽ(*^。^*)ノ

まぁ、復元事業が始まるのは、これからやけんねん!

日本の「官・民」が、トータル的な形で協力するべきとだよね。

この事業に関する専門家会議やイラク人技術者の研修会を
日本でどしどし開催すべきだと思いますし、可能ならば日本
の専門家もUNEPやイラクの現地に派遣するべきだと思う。
予算については、当面12億円で立ち上げるが、これで十分
とは言えん。

今後、日本だけでなく、既にイラク南部の湿原地帯で事業を
開始しているとされる米国、イタリア、英国の各政府やNGO
等と共連携をとりながら、総合的な復元事業を推進しなけれ
ばならないでしょう。

…と、平和学博士でもある遠山参議院議員は、仰っているが
青も全く同感だ!!

環境省サイドでは、一連の中身についてはUNEPが出してる
プレス国連環境計画はイラク湿原復元プロジェクトに着手
に基づいて解説掲載予定だと。

環境保全と湿原地帯居住者への安全で清潔な飲料水の供
給ならびに太陽エネルギーを利用した小規模な浄水システム
の構築を優先するとのことや、プロジェクトでは国や地方レベ
ルのイラク政府関係者の研修も実施し、専門家の育成を図る
予定と。

又このプロジェクトは、基本的に、UNEP(ナイロビ拠点)と云う
国際機関が主導、その中でも担当する部局は技術・産業・経
済局(フランス・パリ拠点)で、更にその局の下にある国際環境
技術センターが、実務を担当。

このセンターは、何と大阪府及び滋賀県にあると言うから驚き!

環境省としては、長期的な視点で、湿原復元プロジェクトに取
り組みたいとしており、将来的には、2国間協定に基づいた支
援も行っていく方針とのこと。

これって、本当に凄いことですよね!(゚_゚=(゚_゚=

「携帯電話ポータビリティー(電話番号の変更をせずに会社間
移動が可能)や、今「メソポタミア湿原復元」と、署名活動にご
協力して下さった皆々様に、心から御礼を申し上げます。

本当にありがとうございました。 ≦(._.)≧

投稿:by 青っち 2004 07 27 03:22 午前 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック

2004.07.26

自転車の後席

幼少期、青は、ほぼ毎日のように祖父宅へ遊びに行っては、一緒にお風呂へ。陽がおちる頃合いを見計らって、祖父は青を三河屋さん仕様の自転車に乗せて、時折立ち止まって鉄道の走り往く姿や、色んな話をしながら家路に着く。

もうこの辺で、と祖父の言葉をかき消すように「もうちょっと」と、青は祖父をいつの間にか自宅玄関まで連れてきてた。2004.07.24のドラマは、自転車がターニングポイントに。

前半までの「セチュらぶ」。

謙太郎の朔への頼みは、かつて心から愛し合っていた方の墓から骨を盗んで欲しい、と云うモノだった。そして、自分が亡くなった時、その方の骨と自分の骨を混ぜて撒いて欲しい。と、高校生の朔が頼まれたって頷けるはずもないんだが、朔の気持ちが変わる事件が起きちゃう。

校内で学級委員の安浦が亜紀の唇を奪うのを目のまで見てしまう。大好きな人を、持ってかれることの悔しさを知って、朔は、謙太郎が今も尚、思いを寄せる女性への気持ちを叶える手伝いをしたくなったんだろうなぁー。龍之介が朔にした「キス」は、最近じゃぁ観れない良いシーンだよね!「何の意味があんのよ、こんなキスに!」って台詞、青春だね。

愛しぬいた人の粉骨を愛しそうに触り、拳の中へギュッと握りしめ、そぉーっと自分の頬に当てる謙太郎。ぐっと来る名演技!「杉さまって」じゃなく、「仲代さまぁー」って云わないかな。何かにつけ、誰かの為に頑張ってる亜紀。朔に「そのままでいい」って云われた事で、涙した気持ちも理解できる方々が多く居るかと。

口内炎が3つも出来てるの」と云い、その言葉が終わるか終わらぬかのところで強引にキスする朔。朔の目が良いよね。亜紀が秘密の場所として大切にしている紫陽花の咲く丘でのキスシーンは、映像的にも美しく、紫陽花のうんちくが、まるで「冬ソナ」のポラリス場面に重なった感を持つ青。でも、ポラリスでない紫陽花。現在の朔(緒形直人さん)が同じ場所を訪れた際、17年前はピンクだった紫陽花が一面ブルーの紫陽花に変わってると。何とも切ないっちゃぁーね。番組では、時の流れ、土壌の変化…それらが亜紀の居ない証明しているようだ。

謙太郎と愛した人の骨を混ぜて撒く、という約束を実行しようとするが、撒く場所を探すうちに朔は怖くなる。遂には、亜紀へ「骨をなくした」って、嘘をついてしまう朔。本当は怖くなって、骨を隠してたと正直に朔が打ち明けても、亜紀は怒るでもなく「良かった…あって」と微笑む。心根が良いよね!(^_^)v

1人で自転車に乗った朔が、ペダルの軽さに気付き、そこで大好きだった謙太郎を失った事を実感する。胸キュンモンだ。大切な人を失ったという事実を、その人の葬儀や火葬された骨で感じるのではなく、いつもそこに居たのに、今は居ない、というのを実感として感じるのが、朔の場合ペダルの軽さだったわけだ。初めて涙が溢れる現実、失ったモノが自分の中で如何に大きかったかという認識。涙と共に溢れて来るのは、謙太郎の思い出で…。

そんな朔に、「私、太るよ」「おじいちゃんと同じ位になって、後ろに乗るよ」と云い、かつて謙太郎が幼い朔に向ってそうしたように、両手を大きく拡げ、優しく微笑み、その大きく、温かく、亜紀の優しい両手に包まれる朔。現在の朔(緒形直人さん)が、明希(桜井幸子さん)に抱きしめてもらう…、何とも云えない表情で泣いている。哀しいな。謙太郎と女性の骨は、嘗て謙太郎が出征した駅で撒かれた。亜紀が朔に話しかけ、朔が答える瞬間に、突然の風…。

あの風をも、謙太郎の優しさだと青は思いたい。謙太郎を失った喪失感は、亜紀が埋めてくれるかもしれない。だが、その亜紀を失ったら朔は、…と思うと、本当に苦しっちゃ。でも、亜紀の鼻血・目眩と、弥々来たか・・・って感じだね。自転車の「後席」に乗るケースと、その逆、朔のように、祖父を後席に乗せる。今の青は、朔のように出来ない。何しろ、大好きだった祖父がもうこの世に居ない。初孫らしく、青が青で居るためにも、生き抜くことが、とっても大切なんじゃないかと。

その姿を、父も又見るであろう!

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投稿:by 青っち 2004 07 26 09:40 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2004.07.25

善縁

「縁」とは一期一会と良く云ったモノだ。
ましてや、人と人との繋がりもまた然り。

「何があっても、前向きに!」
「何があっても、朗らかに!」
「何があっても、協力し合って!」と、いう大好きな詩の一部
を今日は、エース君の育ての親御さんに贈りたい。

春を代表する桜や梅、桃、李。桜梅桃李の原理の如く、人に
は、その人にしかない個性や役割、使命がある。
適所に配置されると、人は実力を発揮するものだと思う。

比類なき強さを誇った武田軍団。武田信玄のもとには24部将
をはじめ、実に多彩な人材が結集した。

人は、得てして自分と気の合う人ばかりを集めたがるが、信玄
は同じ気質の人を集めることを嫌った。相異なる人間をうまくか
み合わせることは、足し算ではなく掛け算になるからだという。

宮本武蔵著の『五輪書』に、兵法の道を大工に譬えてる個所
がある。家を建てるには、木配りをする。見た目によい材木は
表の柱にしたり、多少節があってもまっすぐで強い材木ならば、
目立たないところの柱にする。

一方、親方は大工たちの技量の上中下を知って配置する。

ある者は床の間や戸障子に配置し、腕の悪い者は根太を張ら
せ、さらに技量の劣る者はクサビを削らせる。それぞれの能力
に応じて配置することが大切である。

木配りと同様に“人配り”が大切ということ。

人には長所もあれば短所もある。その長所を輝かせていく根本
が哲学を受時し、学び実践し抜くことである。人を見て、その人
にあった働き場所を考えていく。リーダーの要件の一つである。

投稿:by 青っち 2004 07 25 01:14 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2004.07.24

12秒91

ご存知、セチュらぶ(=渋谷の女子高校生等の間が発祥地)。
ピカチューならぬセカチュー、そして、ドラマセチュらぶ4話。映画セチュらぶの満足度は、かなり高かったようだが。。。

裏付として、原作本セチュらぶを読まれ映画を観た方々のアンケート等では、既読者の8割近い方々が、原作本と同じ位面白い、若しくは映画の方がイイって答えてる。

でもって、遂には韓国の「冬のソナタ」を手掛けた製作チームがリメークするってことも決定。一体どうよって。まさしく世界に広がってる。でも、青は、ドラマを力を入れて応援したい!(^_^)v

300万部を超える原作で、映画も大ヒット中の「セチュらぶ」だが、既に「tsutaya」ではDVDが置かれてる。?店員曰く、戦略らしい。まぁ、どの業界だとかは、突っ込まないが。

朔こと山田孝之くん(20歳)と、723人のオーディションの中から選ばれた亜紀こと、綾瀬はるかちゃん(19歳)が毎回名コンビを組んでくれる。全11回(白い巨塔のように最終回はDX版或いは、ごくせんのように1話延長を今から望む)のドラマだが映画と違い、朔と亜紀の周囲の人間関係を細かく描いてくれている。

白血病で亡くなる亜紀を演じる、はるかちゃんは、病気で痩せてく役作りの為に、「夜はゆで卵と青汁だけ」と、演じる亜紀顔負けの「勝ち気さ」を宣言している。既に他界されてる、謙太郎こと、仲代達矢さん(71歳)の味は実に良いよね。

4話で、良かったのは矢田部先生だぁ。亜紀のスタートの練習に、朔が付き合ってた時は、朔のチャリにホイッスルをかけておいて、予選会で走れなかった時はストップウォッチを置いててくれてた。良いよね!そういう見守り方ってね。予選会終了後、朔の前で、たった1人走った亜紀は自己ベストを。

「12秒91は誰も知らない僕たちの公式記録だ」・・・。青はここでもやられた。もち、龍之介が東京に行くシーンも少々。今でも亜紀を忘れられない朔の泣き顔と、矢田部先生の名台詞「あんたたちのことは私が覚えてるから…安心して忘れなさい」と。12秒91のストップウオッチ片手に待ちかまえるシーン、謙太郎が一生懸命、朔に自転車を教え、最後に朔が乗れる際、地面に膝をつけガバァーっと、両手を拡げ朔を見つめるシーンとが重なった。

1話では、17年前の朔が、学校の先生の葬儀で突然降り出した雨の中、弔辞を読む亜紀に傘をさし掛けた事から、徐々に2人の間に芽生えてく清らかな恋心(ソナタ)ってところ。

今の時(時間・時代)、高校の恋愛ドラマは結構ドロドロ定義が大半の中、17年前に遡った話とは云え、朔と亜紀の純粋さが繊細でこれが良いんだよね。大人になった朔を緒形直人さん(36歳)が演じる。青的には純君でも良かったんじゃないかと感じるのだが。亜紀を失った喪失感から抜け出せず、17年経っても苦しんでる。高校生の朔が経験した出来事と、大人になった朔が背負っているものが、どんどん繋がっていく。分かっちゃーいるが、切ないな。

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投稿:by 青っち 2004 07 24 03:42 午前 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2004.07.23

ラピュタだったね

久し振りに「三井ビル」まで赴く。
数年前に、はじめて観た都庁周辺をメルマガ文頭に綴った
ことを想い出す。

|今週は、仕事柄、久方振りに「東京」に居ます。桜花爛漫と
|記せば良いのかな。
|新宿三井ビルに足を運ぶに、ここは『天空の城ラピュタ』か、
|と。
|マスクまん群や片手携帯メール打ち歩く群と、その周りを囲
|い込むように起立されているビルディング、いやぁー、ここは
|一体どこなのかぁー、と思うのは青っちだけでしょうか。
|来週から大阪です。

この時の「ラピュタ」は、かなり反響があった。今でも、あの界
隈はやはり別世界だ。

それはそれとし、高島屋にもお邪魔した。
「行列の並ばない」お店に入ったが、やはり世間はよく知って
るようで、青以上に、同席者は恐らく2度と足を運ばないかと。

そのお店がイッちゃん端と言うことは関係あるかどうかは「?」。
展望台が設置されててちゃっかり青もお立ち台に上がらせて
頂いた。繁葉が何故か一緒に参加してるけど、どうなのかな。

目下子供等の間ではヒロシです!
と言う、自虐ネタをされる方の物真似がマイブームらしい。
今晩も、笑金をGETできなかったようだが、子供等には、ウケ
が良い。「三拍子」さんは、長男ブームである。

東洋機械金属は、携帯部品等を加工する射出成形型機の受
注が伸び、マイナス要素を飲み込む勢いだ。

ターナー頑張れ!

投稿:by 青っち 2004 07 23 10:13 午後 | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

2004.07.19

無償な教科書、

弥々、3週目に突入。熱っいドラマが満載だ。何時も通り肯定から入る青。「セカチュウ」の話題は、追々にし、「ラストプレゼント」という番組がある。

公式サイトにある「投稿と閲覧」には、かなり真剣な書き込みが見受けられる。

「あと3ヶ月しか生きられないとしたら、誰と何をしますか」

日テレ系ラストプレゼント~娘と生きる最後の夏~毎週水曜夜10時~目下放送中(今週で3話目)

建築士の明日香(天海)は、ある日、余命3ヶ月と宣告される。心に浮かんできたものは、離婚して娘を捨ててしまった過去の自分への呵責だった。

「死」という過酷な運命に立ち向かいながらも、愛する娘と懸命に向き合おうとする、母と娘の「絆」の再生を描いた感動ドラマ。

明日香は、自分の病気について誰にも話さない。それは、娘への「償い」と「最後のプライド」から。

前向きに、死を受け入れていく姿が、生きる意味を問うきっかになれば、と。制作サイドの心根を感じる。

主な出演者として:天海祐希さん・永作博美さん・佐々木蔵之介さん他。

注目はもう一つ!「今夏、台風の目になると」脚本は、秦建日子(はたたけひこ、本名同じ)さんだ。

昨年は共犯者最後の弁護人と、緻密で繊細な世界を構築してきたお方。

今回は一言で云うと僕の生きる道僕と彼女と彼女の生きる道を、足して2で割る、男女の役割を逆にしたような設定だ。

一歩間違うと、だらけるだろうが、どう新たなる「切り口」から攻めて来られるか、現在は、「7・8話」まで記してると。

先週の2話では、明日香は娘の歩とサバイバルゲームに緊急参戦。「勝ち負けは、どうでもいい」と歩に宣言した。それはまるで、「病気と闘う決意に彷彿するように」。

さあー、ひとつのターニングポイントとなる「3話」では、病院に行った明日香が、男の投身自殺を目撃する。男は少し前まで待合室で、自分が余命半年だ、と明日香に話していた末期がんの患者であった。

10年ぶりに家族で旅行に行ったという男は、女房と娘が作った世界で一番うまい料理を食べて今が一番幸せだ、と言う。

図らずも自分と同じ運命の患者の最期の言葉を聞いてしまった明日香は、改めて自分がこれから何をなすべきかを考える。

では、実際、これらの話を今後も含め如何に業務に落とし込みを行っていくか。特に営業されてる方々にとって。

まぁ、聴きたくもないかなぁ、青にとっては有効な教科書だ。更に云えば、お客様もある意味嬉しい場面もまた然りだが。ちょこっとだけ云えば、肩肘張らず、本音でお客様と語る機会のある方は、ひとつのアイテムとして持つことは賢いかと。

投稿:by 青っち 2004 07 19 10:40 午後 | 固定リンク | トラックバック

2004.07.18

ブラリの原点でリフレッシュ、

視察に赴かれてた社長さんが、急遽、岡山の地に足を運んで下さった。数回の岡山入りの中でも「価値ある時間」と遭遇されたと伺う。元祖・吉備団子を手にされ帰路についていると。

岡山では、異業種であるが、とある店舗を視察するのだが、あいにく休日であったようだ。しかしながら外から観ては何かを得たようで、その後、利家とまつで世間再デビューを飾ったまつに所縁ある「後楽園」に行かれたと。さぞご満悦かと。

その頃、青等は、ひたすら歩いてた。

どうも、外に出れば「暑いっちゅう」ことは、当たり前なのだが、時には、のんびりと2時間ぐらい時間をかけ、ブラブラしてみたい、今日は正にそんな日であった。

色んな業種の会社や店舗、すれ違う家族や恋人さん等、実に青にとっては実りのある時間なんだが、どうも1名だけがダラリと、まるで小学生時に良くある徒歩遠足で駄々をこねる子供。

ここにもやはり居た。

ドンキーに辿り着く頃には、この大きな子供ちゃんは、グロッキー状態、が、

しかしながら、ドンキーの壁に告知されてる、一押しのビールを見つけては、一気に復活。真っ赤なベルギービールは、青からも、お薦めできるかな。

店員さんが、次男に「女の子用のフロク」を持ってきたのには、大爆笑。最近頻度が高くなる、次男の性別間違え。

やっぱり、ドンキーと来れば、西本っちゃん何だが、ひとまず。今回も入った玄関に「ドンキー」が居ない店舗は、所詮そんなものだ。

っそ、青がそんなもの、と批評するんだから意味はあるかと。

岩手県盛岡にある、ドンキーがやはり「イッちゃん美味しい」とは、青自身のそうだが、周りの方々も同じようだ。

ドンキー話は、冬ソナ以上に話題があるので、ゆっくりと記したい。でも、今回は、ドンキーの「イチゴミルクジュース」は、必ずと言って良い程、各人の「マイベストテン」にランクされてる方々が多い。

最後の店である本屋に立ち寄ると、長男が今夏、奈良在住の涼君等と「ムシキング」ゲームで遊びたいとの不口実を並べて、大き子供ちゃんと折衝。

青を味方に付けた長男は、なんなく手に入れる。今日は、次男好みの本が見あたらず、青は「ひとまず」というのが嫌いなたちゆえ、次回に持ち越しとなる。

そんな彼等と久し振りに風呂を共にする。

日々成長してる彼等を背中を洗いながら、時間の早さと自身の昔(青は良く、祖父に風呂を入れて貰いながら毒舌を聴かされた)とを思い馳ながら、今夜も彼等から、元気な源となる「笑顔」と言う名のエネルギーを戴くのであった。

投稿:by 青っち 2004 07 18 11:41 午後 | 固定リンク | トラックバック

2004.07.17

ざわわざわわ♪

ryouko親子レクレーション帰りの次男が、「ざわわぁー」と片言だが自身の机に向かいながら唄ってる。夕方あまりの暑さに、近所のtsutayaへ涼みに行く。次男はおもむろに1本のビデオを青に持ってくる。

さとうきび畑の唄 完全版」、そう自宅で録画しては時折観てたものだ。「さんまさんが好主演」されたものだ。

ざわわ、ざわわ、ざわわ…♪」のフレーズで知られ、沖縄戦の悲しみを謳った曲「さとうきび畑」を、作詞作曲された、故・寺島尚彦さん(享年73歳)。ご家族の話によると「さとうきび畑」を作ったのは、1967年5月。沖縄戦で戦死された人々への思慕を込めたという。

その3年前に、初めて訪れた沖縄県南部の戦跡で、案内してくれた人から「あなたの足元に、今も遺骨が埋もれている」と聞かされ胸を突かれ、さとうきびが、風に触れる音を1年半かかって「ざわわ」と表現したと。これまで、歌い継いできたアーティストは、30人を超す。

ブームのきっかけは、あの「9・11」米国テロ以降「こんな時代だから」と、全国の放送局にリクエストが寄せられる風が吹く。同年12月に、歌手の森山良子さんが、CDを再録音し昨年この曲を、モチーフにしたテレビドラマが反響を呼んだ。(これが、さんまさんが主演された番組、多くの方々観てるかと)

曲に合わせた絵本を、2002年に出された、葉祥明さんは「沖縄の美しさと人々の優しさから、戦争の醜さを描いた。純粋な眼差しで世界を見ていた寺島さんだから作ることができた曲だ」と偲ぶ。

寺島さんが、亡くなられた折、森山さんは事務所を通し「『さとうきび畑』を通して、私は本当に沢山の事を教えられました。先生のにこやかな、柔らかい微笑みは、私の心に永遠に残ります」とコメントを残すシーンがあった。子供の脳裏には恐らく、ブラウン管から何かを感じたのだろう。

青にすれば「命の大切さ」、そして「生き抜く勇気」をテーマに。

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投稿:by 青っち 2004 07 17 11:05 午後 | 固定リンク | トラックバック

2004.07.16

水のモニター、

以前、ネットでモニター便りを何げに観てて、そのまま「応募」。20リットルの水が今朝届いた。ビニール状の袋に包まれた水、一体これどこで保管するんだぁー!子供等は、大声で「水だ!水だ!」と大はしゃぎ。モニターの「オチ」があるはずと、青は恐ろ恐ろ添付されてる
封筒を開けてみた。ここから大爆笑の始まりだ。(; ;)ホロホロ

「髪の毛」を切って、送付し、一定期間、飲用後、再び髪の毛を送付する仕組み。

青は、短めの髪ゆえ、切れない!掴めないし、サンプルにある事例の「丁髷」のように出来ない。

次男の髪を使うしかないか。

ここで、大きな子供ちゃんが万を持して登場。「明日でもカットとパーマに行くんで、私の髪の毛使ったら」

長男が「髪は僕ので良いよ」
次男は「嫌だ!僕ので!」

参加できない青がそこに居た。

全然、モニターにならんじゃん。

一時、お水を無視してたら、大きな子供ちゃんがまだ続ける。「折角、モニターになれたんだから、良かったよね、やっぱり私の髪の毛が」と喋っていたら、『上書きモード』で長男。

「結局、美容院に行きたいだけで云ってるんだよね!」
「人に物々交換したらいけないって云いながら自分がしてるやん!」

「…」図星

水の話が…。

最後に長男が付け足す。「折り込み広告の所を既にハサミで切り抜いてるモンね!」

子供は本当に色んなモノを何げに観てる。知らぬは、大きな子供だけかと。

夕方、今度は、その大きな子供に、化粧品のモニター商品が届く。

っと云っても、サンプル版。悔しがる姿に、次男がムシキングのカードを出してきて、これで新しいモノを買えとばかりに喋ってる。

そんな彼等と今日も現実版「ムシキング」大会を布団の上で展開する。

青は専ら「かぶと君」次男は「クワガタ君」。
長男は「審判員」。

暑いこの真夏、熱戦は別に地区予選を勝ち抜く球児以外にもここにある。ムシキング祭りだから。

闘いが佳境の時、次男の保育園で「へちま」が育っていることに長男から大きな子供に質問が始まる。

「ねぇーねぇー、<へちま>って、どこからそう言われてるン」
「早く寝なさい!」
「あっそう!早く寝なさいって云う意味からきてるんだね」と残し青の部屋にやってきた。

青は独り言のように呟いていた。きっと彼なら理解できると。

自然志向で、へちま化粧水や体を洗う、へちまたわしが見直されているんだよね。

へちまは、漢字で書くと「糸瓜」。
江戸時代初期に、中国から渡ってきたんだけど、はじめは字の通りに「いとうり」と呼んでたらしい。

それが、へちまになったのは「いとうり」が、つまって発音されて「とうり」になる。

やがて「と」が、いろはにほへとで「へ」と「ち」の間にあることから「へちま」となったんだって。

江戸時代のみんなは、仲々のユーモアを持ってるよね、と。

投稿:by 青っち 2004 07 16 11:02 午後 | 固定リンク | トラックバック

2004.07.15

1冊のアルバム、

気分転換に部屋の掃除をした。暑い日にはこれが一番。本棚に収まってる「アルバム」に自然と手が伸びた。一昔前、そんな表現が似合うに等しい1冊がある。家族で北海道は厚田村に当時としては異例の安さと企画を武器にする阪急交通のパックを絡めて。もちろん、大きな子供ちゃんも既に参加しているというオチはあるのだが。そんな宝物のようなモノが詰まったアルバムを何げに開けていた。

北海道に入って、バスの乗車時間がほとんどだったと記憶している。旅路に飽きた顔色と通過地点が重なったことをも含め、機転を利かせた添乗員がぴしゃりとツボを押さえた。日高山脈をバスが通過する頃、添乗員さんが急にマイクを持って謳いはじめた。当時の写真が存分に展開されてる。

謳う姿から、今度は、切々とある物語を語りはじめる。時間にすれば数分なのだが、語りが終わった後、車中では一斉に無言の姿が綺麗に並んでいた。中には噎せながら涙する方々も居た。「雪の遺書」について語る添乗員さんに、青は下車後、その物語の概要を更に伺ったものだ。

学生だった青は、学内の図書館でかなり探したモンだ。でも廃刊になっていることや、土地柄的に入手しにくい等の理由を司書さんから聞かされる。何故か諦めきれなかった青は「国立国会図書館」の存在を知り、半年がかりでその本を手にする。

昭和40年3月14日未明、日高山脈縦走中の北大山岳部の登山隊6名が雪崩に巻き込まれ、全員が死亡。初期捜索は困難を極め、雪解けを待って再開始され捜索によって、全員の遺体が発見、リーダーであった澤田さんの胸ポケットの中から、地図の裏に書かれた遺書が、ポリエチレン袋に収められたものが見つかる。

奇跡的に、即死を免れた澤田さんが、雪崩の雪の下で記したものだ。絶望の淵で必死に書かれた遺書は強い責任感と家族愛に満ちて、読む人又は青のように聴かされる人の胸を打つんだね。

「遺書」として、澤田さんが綴られたモノがある。

遺 書    澤田 義一

三月十四日(?)の深夜ニ時頃、(後で時計を見て逆算した)突然ナダレが雪洞をおそい、皆寝ているままにして埋めてしまった。

最初、雪洞の斜面がなだれたのかと思ったが、後ですき間を少しずつ広げてみた結果、入り口よりデブリがなだれこんできたものだった。

皆は最初の一しゅんで死んだようだったが、私は、幸いにして口のまわりに間隔があったのを次第に広げて、ついにナタで横穴をニメートル近く掘って脱出しようとしたが、外はデブリで埋まっているためか、一向に明るくならずついに死を覚悟する。

ただ今十四日十三時十分しかし何とか外に出たいものだが、根気負けしてしまった。

一休みしてから考えよう。

お母さん、お父さんごめんなさい。一足先に行かしてもらうだけです。きっと、何かに生まれ変わってくるはずです。その時お母さんお父さんを見守っているはずです。

土田のおばさんすいません。心配が本当になってしまいました。でもゆるしてくださいね。

田中さん、坂井君、松井君、中川君、橋本君ごめんなさい。とりかえしのつかぬ失敗をしてしまって。

皆さんのお母さんごめんなさい。ついにやってきたのです。きっと天から皆さんを見守っているつもりです。せめてできることはその位です。早く、安らかに眠りたいものです。

どうせ死ぬなら、僕ひとりだけです。

十四日十三時二十分。尾崎さん別にいいんです。

内藤さんアマゾンはどうでした。佐藤君、牧野内君、友達として心のふれあう君達だった。佐藤君には五千円借金しています。

海内さんだって、波多江さんだって小泉君だって死んでいるじゃないか。ちっともさみしくないはずだ。

杉山さんご指導ありがとうございました。

ルームの皆さんさようなら。松田君、庵谷君すいませんが、後始末をお願いします。

広瀬先生すいません。上山さんお先に行きます。鈴木、清水、裏、山下、田中、井上、林頑張れ。

何がなくなっても命だけあれば沢山だ。死を目の前にしてそう感ずる。親より早く死ぬのは最大の情けない気持ちだ。松井君は一人子、橋本君は男一人、僕も男一人で、親のなげき悲しむ様子が手にとるようにわかる。

三月十四・十五・十六・十七と寝たり掘ったりする。日付は時計の針でのみ計算する。ナタが手に入った。懐中電灯が二ヶ、スペアの電池が一ヶ、非常食が二人分。

掘っても掘っても明るさが出てこないので、がっくりしている。

生は10%ぐらいだろう。十七日朝八時。

お母さん本当にごめんなさい。
今まで育ててくれたつぐないをなさずに、先に行ってしまうなんて。

今は比較的落ち着いています。仲間が皆そばで眠っているせいでしょう。後一週間くらいならこのまま寝て待っていられるのだが、二十五日ごろ騒ぎだして、捜索隊がここにつくのは早くて二十九日。そしてここが見つかるかどうかも疑問だ。

十三日にここであった山スキー部のパーティが、一緒に来てくれれば分かり易いのだが、あの時あいさつしておけばよかった。向こうのパーティも知らん振りしていってしまった。(注:このとき会った山スキー部パーティの正確な情報捜索協力は捜索活動の決定的役割を果した。)

佳江、珠代へ。
先に死んでしまってごめんよ。
お母さん、お父さんはこれからお年寄りになっていくんだから二人仲よくして、お兄ちゃんの分もよく面倒みてあげて下さい。

昌子姉へ、お母さんお父さんのことよろしく。

お母さん今死んでしまうなんて残念だ。切角背広も作ったのにもうだめだ。

登山計画

リーダー:澤田義一(農4)

アシスタント・リーダー:中川昭三(文3)

メンバー:橋本甲午(農4)、田中康子(教養2)、松井作頼(教養     1)、坂井丈寛(教養1)

日  時:昭和40年3月11日―3月24日最終下山日(行動9日、 停滞5日)
コース :札内川―カムイエクウチカウシ山―カムイ岳―幌尻岳  ―トッタベツ川

彼等は、必ずしも危険な所で雪洞を作って露営していたわけではない。その後の調査によるとこの雪崩は、走行約3km、デブリの長さ1Km、幅30-100m、量約40万トン、日本国内の雪崩としては最大級に属するものと推定されたようだ。

その澤田さんの父君が、「詠んだ歌」がある。

「義一」  澤田 己之助

就職のきまりしときの喜びは  いまもなおわがまなかいにあり
(昭和40年3月)

妻ときて悲しみあらたなり  あたらしき背広の服を子の部屋にみて
(昭和40年3月)

おん身いま日高山なみ深き谷に  焼かるる夜をわれは眠れず
(昭和40年6月)

北のはて日高の谷の山旅に  わらじも足に馴れて下りぬ
(昭和40年8月)

子の死してすでに十年を過ぎにしを  憶いつつ生く老いらくの身は
(昭和50年3月)
             「北の山脈」17号(昭和50年3月15日)より

1冊のアルバムから、当時の旅行を想い出し1枚の写真から感動し探し求めた「書」を更に思い出すこととなった。
流行の本もそれはそれでよいモノだが、時にこの手のような良書との出逢いは、正に「人と人との出会い」なようなものと青は常に感じている。

そして、その出会いは、一過性でなく、永続性のあるものを望みたいモノだ。もち、老若男女問わずだが。

投稿:by 青っち 2004 07 15 10:58 午後 | 固定リンク | コメント(4) | トラックバック

2004.07.14

枝豆だよね(^_^)V

親しい社長さんとの会話で、「枝豆」が話題になった。
枝豆の食べ方や、地域での習わし、そして「純」日本産を
口にさせて戴く。

しかし、BLOGの世界って面白いように、ふと、みゆきさん
台所日記を観てたら、こっちも実物のようで今にも、
目の前に出てきそうだ。

しかし、枝豆殿のあの「かわ」部分は消化に悪いってこと、
青は本当に知らなかったけど、これを毎日携帯で観られて
る最近、DECOで衝動買いをされた先生、飲み会のはしご
の際、呉々も食べ過ぎないように。

少し、「蒸し」暑い地域に、身を置いていなかったせいか、
ジメジメ感は、やはり何とも云えない。

青宅は、西本っちゃんの業務が軌道に乗る前提で、昨年は
何と「非エアコン」生活で過ごせた。

軌道に乗ってるんだろうが、最近はノリ過ぎてか、連絡がな
い。

でも慣れは素晴らしいもんで、別段気にならないモンだ。

が、客人が来た際は別格だ。

むごすぎる、この言葉で終始しそうだ。

少年時代、自宅裏に母が枝豆等野菜類をわんさか育てて
は、夕食時、我々兄妹に与えてくれていた。

そんな枝豆を社長宅で口にさせて戴いた折、走馬燈のよう
に「食」について又「家族」について、色んな思い出が駆け
巡った。

今の長男の年頃には、周りでどのようなことが起きてたとか
目の前の大人やそれを取り巻く方々がどう対処したかなど、
子供心にきちんと鮮明に覚えている。

ふと、帰宅時にテレビニュースで矍鑠と云うか、自信に満ち
溢れてる「坂口大臣の会見」を長男はジッと見つめていた。

9月の内閣改造の際には、2000年12月に入閣した坂口力
厚生労働相の交代が、確定的との流れが選挙前から流れ
てはいたが、ぴしゃりと喋られる姿勢に何故か感銘した。

坂口力厚生労働相は十三日の閣議後の記者会見で、年金
批判と参院選の結果について「年金への批判があるのなら、
私のところ(公明党)が一番減って共産党が一番伸びなくて
はいけないけど、逆だった」と語った。

坂口氏はまた、民主党が、年金法廃止法案を七月三十日
召集予定の臨時国会に、提出する考えを示していることに
「やり直すつもりはない。やり通すことだ」と述べた。

坂口氏の発言の背景にあるのは、年金法を撤回した場合、
「平成十七年度だけで四兆七千億円の財政赤字が生じる」
(公明党)との見通しだ。

民主党が主張する五年後の抜本改革では「約二十六兆円
の累積赤字」(厚労省幹部)との試算もある。(産経新聞より)

年金財政赤字拡大への危機感から出た発言だろう。

長男は、ずっとこの会見を凝視しながら、何かを感じたようだ。

投稿:by 青っち 2004 07 14 11:58 午後 | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック

2004.07.13

したたかな戦略っちゃね「J」、

最近、「J」なる座席を推進してる航空を利用した。何ともやるせない思いでいっぱいになる。又、出発前の「ラウンジ」も、大方「J」カードオンリーの戦略に脱帽。

「♪よぉーく考えよう♪」でお馴染みの女優さんを全面に出し各種ニュース媒体などでは、この「J」なる効果が出てるって記事を良く目にするが。。。

青自身が、今回、行きの便で、まず利用してみた。

カウンターや手続き、さらには機内でも、「あたらしいくつろぎを、お気楽にお楽しみにください」とある。

かなり辛口点数だが、青にすれば、こんなんで「プラス千円」追加ってあ・り・な・い!

JRの「こだま」座席と、どう相違するのか、この一点で、機中を付き合ったのだから。∥ヘ(′⌒`)ゝ__」ふぅぅん

ただ、男女問わず、スーツ等を座席前フックにかけられ、ゴムにて中段をとめることが出来る点は、否定・肯定はあるだろうが、「アイデア」的には納得はした。(一応納得箇所もある)でね、空席待ちのアナウンスを、横目で確認してたら、これが「Jカード」持参者に限って<優先>とは、恐れ入りました。

あげくに、各空港出発ロビーには、「カード会社」と「J」等空港会社の対比する「くつろぎラウンジ」があったものが、今はもう航空会社専用に特化されてることは、青の楽しみをまた一つ奪われたちゃった。

時に、「カード会社」のくつろぎ部屋に行けば、ちょっと前までは、「飲料」「スナック」等は有る意味節度を持っての「フリー」としてあったモノが、ワンドリンク無料、という「くつろぐ主旨」を変えてきたって感じだ。

携帯話部屋があったり、シャワーやマッサージ部屋等、何かくつろぎの角度が違うヤンって、おまけに、手続カウンターで「ラウンジ」の存在を伺うと、目鼻パッチリのお姉さまから、「カードは<J>或いは、他のカードであれば<ゴールド>が権利有るので」と、サービス会社の必須的企業が、云って良いモノと悪いモノとの判別がつかなくなってる事に、甚だ強い憤りを感じてしまった。

スカイマークさんと何ら変わらん、であるなら、例えば搭乗口をきちんと同等に扱うべきだ!

これは、昨今時事ネタでもある「近鉄問題」とも相通じる。

個人的には、統合前の「JAS」さんが、一番機内でも、予約においても、客室乗務員さんのレベルも「群」を抜いていた。

価格競争も話はわかる。

しかし、同じお金を使うのであれば、金額の大小関係なくだ、そ!「気持ちよく」サービスを利用させて欲しいものだ。

「Jさん」、明らかに、「A」さんや、スカイさんに「顧客重視」の点で大きく差を空けられることと。でも、あいても気付かないんだろうな、きっと。

TBの新しい「お題」がでたので、気分一新せんとね!(^_^)v

投稿:by 青っち 2004 07 13 11:59 午後 | 固定リンク | トラックバック

2004.07.12

お疲れ様でした_(._.)_

ターニングポイントを存分に折り返し、お疲れ様でした!
でもって、本日より意気揚々と様々な分野で頑張らんとね。

投稿:by 青っち 2004 07 12 07:52 午前 | 固定リンク | トラックバック

2004.07.10

静かな選挙日・前日、

明日が選挙日とは思えない静かさだ。地域柄?、いやそうでもなく、何て云うか、肌で感じないぐらい静かすぎる。

10年一昔と言えばそうなのか「政治に無関心」という記事が踊りまくってた頃に比べ、無関心と切り捨てられない感を覚えるんだが。世代間で云えば、三十男(みそだん)と云われる「層」がキーワードなんだと青は思う。

「バブル組とその次世代」って良く青は話すんだけど、本当はその上世代も当たり前のように居るんだよね。

何も知らずに、時代のレールが敷かれてて、ただ何気なく、当時をむかえてた方々にすれば正直言って「何じゃこりゃ」だろうな。

就職時にはTDLに招待されたり、入社すればしたで、周りは桜花爛漫、我が世の春。

次世代組は全く正反対。

まるで「高校生クイズ大会」の如く、超激戦をくぐり抜けて来た方々。

こう記せば、オチは自ずと分かるのだろうが、バブル組が今まさに、紙一重の「立ち位置」に居ることだけは否めない。

リストラ対象にアップされてる方も居られれば、この世に「派遣」と言う概念が無く、会社訪問したらそれこそ「石」が飛んできてた頃から成り上がってきた方も。

ゆとり返済でマンションを手にされた方も居れば、学閥や出身ブランドの威光が効かないことに脱力感を感じたまま日々生活されてる方々も。

恐らく、時計の針が逆回転したら、と。一瞬でも思ったことがあるのではないかと。まぁ、この世代だけに云えるもんでもないんだが。

知らない、
分かんない、
関係ない、
面倒くさい、
何処も一緒じゃん、
…挙げたらキリないが、「白けるのだけは止めたい」よね。

元気の良いミドル層や、若手の世代もきちんと観てんだから。

介護保険の法案通りでいけば、本当に老後は「お金」を持ってる人しか「安心」を買えない。(一例だが)

捨てない自らの「1票」とし、参加しながら、政治に興味をまず持って貰いたい。何故なら「人生の義務と権利」という剣を皆が平等に持ってるからだと、青は強く思う。

投稿:by 青っち 2004 07 10 06:57 午前 | 固定リンク | トラックバック

2004.07.09

出逢いの坩堝に感謝ヽ(^o^)丿、

最近懐かしい、出逢いの恩人から「転勤ご挨拶」なるメールを頂戴した。いつものように「写真付き」で。若返ったかな?!この方との出逢いは今もって不思議な「縁(えにし)」だ。岩手在住の頃、軒並み営業会社へ、半ば飛び込み状態な求人活動中に出逢った某大手メーカーの担当官さん。

確か前回のメールでは綺麗な「風景」をデジカメで激写されてたかと。センスというか心根が写真からも伝わってきます。

同時に、「人徳」なのでしょう、色んな人生絵巻の中、この方の周りには、いつも「最善なる人」が側に居られるのだろうと丁重な挨拶状や近況報告を受けるたびに、感じる青。

そんな、satoshi様とスタッフ様に向け、青は毎度のこと、活字でお礼返しなる「心根」をお届けしたい。

「流転の王妃・最後の皇弟」

この物語、そして主人公の溥傑と浩は、年配の方々はご存知だと思うが、若い方にとってはあまり馴染みのない話だと思う。

溥傑の兄・溥儀は、ラストエンペラーとして学校の歴史の授業でも出てきますが、その弟が、日本女性と結婚したこと、政略結婚にも関わらず、深い愛情と強い結びつきで、生涯をまっとうしたことは、今ではあまり知られていないかもしれない。

しかし、この物語は実話であり、大スペクタクルであり、サスペンスであり、歴史ものであり、大きなラブストーリーでもある。

時は、1982年、浩は流転の日々の無理がたたり、病に伏せ、入退院を繰り返した後の1987年、溥傑に見守られ、73年の生涯を閉じた。

そして、1994年、溥傑は86歳でこの世を去る。

溥傑の遺骨は、妻・浩、娘・慧生もそうであったように、半分は中国、半分は、山口県は下関にある中山神社の愛新覚羅社に納められた。

この親子3人が眠る社は、遠く中国大陸、北京の方角に向いて建てられている。

読み終えた時、自らの信念に殉ずるというか、自立した人間の生き方の強さを思った。

以前読んだ時とは異なる深い感動だ。

よい文学作品は、よい友人に似て、人生の伴侶である。よい文学作品との出会いは、胸の底にゆっくりと下りてく、時間をかけて熟成する」という。

本を読み、人間に対する深い洞察力を養い、自らの情操を豊かにすることは、ビジネスプロデュース業として必要なことではないかと思う。

多忙な日々においても、本を片時も放さず、とにかく読むということを年頭からの目標の一つとしている。

また、もう一つの目標、それは、誰人であれ「心を開く」縁を持ってると。なので「出逢いの縁を最良な善縁に」が、自らの合い言葉でもあるんだな。

ともあれ、人と人との出会いは、仕事や人生において最も大きな意味を持つものであると深く確信しております。

今後とも「出逢いの縁」が「善き縁」となるよう、このBLOGにおいても、記して征きたいと。

蒸し暑い日が続きますが、健康には呉々もご留意下さい。でもって、盛岡なんかヒンヤリしてんでしょうね!ネ!

投稿:by 青っち 2004 07 09 02:39 午前 | 固定リンク | トラックバック

2004.07.08

使命ある子供、

青は良く人材と言う文字を「人財」に置き換えている。また「21世紀はどうなるんですかねぇー」と尋ねられることもしばしば。青からは「どうなるんじゃなくて、どうしたいか!」自分自身の「意志」が大事じゃないかと答えてる。

人は、「どうしたいか」で、全部決まるんじゃないかとさえ。強い強い「意志」と「決意」があって、初めて道は開けると。

この厳夏にあらためて自身にも含め問い直す機会だから。

人生は強気でいけ! 臆病に負けるな! 何も恐れるな!

家庭は外洋に面した港のようなモノ。そして、子供は船に例えることが出来る。

大海原を航海してきた船は荷を降ろし、燃料を入れ、船体に損傷があればそれを直し、新たな荷を積んで、再び次の寄港地へと航海を進める。

それは、家庭と子供にとても似てる。

子供は家庭を港にして、毎日、外に出て、そして必ず家庭に戻ってくる。

その時、家庭が元気とやる気を生む「幸福の港」なのか、
それとも諍いの絶えないような「不快な港」なのか。

それによって、子供のココロは大きく違ってくるモンだ!

使命ある子供のために「幸福の港」の建設が今こそ大きく求められてるんじゃないかと、青は何時も思う。

だって、

「感謝の家庭(=職場・仕事)」に人財は、育つんだから。

投稿:by 青っち 2004 07 08 12:02 午後 | 固定リンク | トラックバック

2004.07.07

大切だよね「真心」っちゅうもんは、

青は、このBLOG、とりわけ今回のお題を活用しては、真っ正面から、真剣にそれも肩肘張らずに「わ」作りたい。ただの「わ」でなく、今回は、ビジネスとしてそれも、営業先は民間でなく「国」に対して行う事業を創出してみませんか!その土台が「真心のわ」と思うんだよね。(^_^)vだから、トラックバック野郎にお願いだ!<(_ _)>

40数年前、作家の有吉佐和子さんが中国を訪問した時のこと。

女性作家の謝冰心さんを訪ねると、前に自分が贈り物をした、その包み紙で、お返しの品を包み、贈って下さった、と。

「中国の包み紙はひどいので……」。
謝さんの言葉に、うっかり相槌を打ってしまい恐縮していると、謝さんは、静かに付け加えるです。

「解放後には、5億の農民が文字を書き、読むようになったので、紙も足りないのです」と。

新時代の建設に燃える民衆の息吹。その気高さに、有吉さんは強く胸打たれたという。

言葉ひとつ、品物ひとつに、どれほど深い心が凝結しているか。

そこに思いを致すことのできる「人と人の和合」が、青たち及び就中、ビジネスの世界で、あらねばならない、と。

時は鎌倉時代、御供養をお届けした門下に対して即座に筆を執られ、己心の真心を最大に讃えられた。

ある時は「いつものことだから驚かないとか、珍しくないと思うとすれば、それは凡夫の心です」と。

そして、今で言う不況や税金の負担増で、世間の誰もがゆとりのないなかでの御供養であることを、事細かく察せられている。

当たり前と、思っちゃぁーいけんよね。

真心には、最大の真心で応えていこうとの熱き思いが、各個人の責務だから。。。

だから、世間では「年に一度」の日々だろうが、出来ると思うな、新しいビジネスの枠組を、このBLOGで行えることを念頭にし。

投稿:by 青っち 2004 07 07 04:39 午前 | 固定リンク | トラックバック

2004.07.06

心の「ツボ」、

一度しか会った事のない方に、突然「○○さん、こんにちは」と言われたり、先生と云われる方に「○○さん、その後元気でやっているかねぇー。」と言われたりすると、自分の名前を覚えてもらえただけで嬉しいもんです。ところで、みなさんはどん位「人の名前」を覚えていますか。

手元にある資料に、そのことが重なるものがあります。

そこには、ある会社の話しが紹介されています。

とある労使紛争で、揉めていた赤字会社の社長に派遣され、一気に労使紛争を解決したと言う話し。

派遣された人物は、数日のうちに300人の社員全員の名前と顔を覚えたそうです。

そして、朝一番に出社して工場の門のところに立ち、出社してくる社員一人ひとりに、

「○○君、おはよう」
「△△君、おはよう」

と、挨拶をしたら、不思議なもので社員の態度が、その後、コロッと変わってしまい会社の経営が軌道に乗ったと。

「○○君、おはよう」と、云われることで、社員からしてみれば、社長が自分の名前を覚えてくれたと思い、特別に目をかけてくれている、と思ってしまうのでしょうか。。。

「名前を覚える」という事は、人間の中にある欲望の一種であり本能である「名誉欲」を刺激する事になるのかな。

あまり満たされる事のない、飢えた欲望であるため、誉められたり、評価されると大きな喜びになり元気が出てきたり、やる気がでてきたりするもんですよね。

これは、心の「ツボ」を押したことになり、人の心をとらえることとなりますよね。

「名前を覚える」

ただそれだけで生きた気配りとなる。

人間が好きで「人に興味をもつ」ということをしていないと、「名前を覚える」ということはできないようだ。

このような、生きた気配りは、努力しないとできないことであるから、それを実行することで飛躍的な効果が現れることになります。

「名前を覚える」という些細な事でも人は喜び、人の心を捉えることができるのであります。

自分にとって、適度な刺激を脳にあたえることができ、その上相手に対しても良い印象を与えることができるのでは。

是非、当たり前の事かも知れませんが、お試しあぁーれ(^^)v

投稿:by 青っち 2004 07 06 03:27 午後 | 固定リンク | トラックバック

2004.07.02

気流なんだよね(゚_゚=、

目下、「個」に対する業務を集中的に行っているが、ここでも個人であれ、その方の周辺であれ、「気流」が良い方向に、嬉しいように流れ始めている。大組織もまた然りだろうが、「要」なるヒトが如何に取り組むかで結果が出る。やはり、青は「プロセス」を重視したいネ!

「これからの組織は『金太郎飴集団』ではなく『桃太郎軍団』になるべきだ」と、ある経営者は幾度も云われている。

青も昔からそう感じながら歩いている。

イヌやサル、キジが、それぞれの特技を生かし、桃太郎は鬼を退治することができたんだから。

ビジネスの世界で「エントレインメイト現象=(周囲の人をそれに乗せること)があるという。

まず、リーダーが職場で“気流”になり、“つむじ風”になれば、組織は変わるというもんだ。

この気流を起こすには、3つの「E」が必要だっちゃ!

1,仕事を面白く(エンターテインメント)する(^^)v
2,職場を明るく楽しく(エンジョイメント)する(^_^)v
3,一人ひとりに仕事の意義を感じさせ興奮(エキサイトメント)
  させる。(^_^)v

この3つのリーダーシップを発揮することで、新しい気流が起こるんだよね。

そのために、リーダーに必要なことは、活発とした生命力をもつことは云うまでもない。

「シビレエイの譬え」のように、自らが感動すれば、そのまま職場や組織に感動となって伝わっていく。

勢いとスピードが、戦いの勝敗を左右する。

「リーダーは満々たる生命力で、自分自身が知恵をわかせ、自分自身が率先して『前へ進む』ことである」とは、今回の社長の行動を垣間見ながら強く感じた。

満々たる生命力と行動で、周囲に“感動の気流”を起こし、自分らしい対話の波を起こしていきたい。

そこに、「目指す価値」があるからだ。

投稿:by 青っち 2004 07 02 07:51 午後 | 固定リンク | トラックバック