2006.11.28
より身近なBCP、
満を持して、神谷町経由で中小企業基盤整備機構へ。銀座線・虎ノ門より神谷町を好んで選ぶのは意味がある。(新鮮でいて懐かしさを感じる)今回は、新しいスタッフの同行も兼ね、眞崎 達二朗氏(眞崎リスクマネジメント研究所・代表)との再会且つ、木根原 良樹氏((株)三菱総合研究所・主席研究員)の講演を聴く目的で、「中小企業のためのBCP策定の実践セミナー -今日からはじめるBCPとキャシュフロー対策-」へ参加。<(_ _)>
三菱総研さんの見解を知ることが出来たことはとても大きな価値であり、化石(いや失礼)ではなく、生粋な金融メガバンカーでもあった、眞崎氏のコメントは心眼に映ずる。
「おぉー!読んでますよ!」(←このBLOG・青っちの 『わ』のこと)
貴重な休憩時間、その眞崎氏より有り難いお言葉をいただき、更には、後日BCPからの地域社会におけるビジネスへの取り組み等について意見交換のお時間までいただく。
賢人である氏の心根に、スタッフ共々深く感謝する。(有り難うございます。三菱総研での再会は本当に楽しみだ。)
今や、大企業では「常識」であり、中小企業では、「必須」となっている「BCP」。
しかし、会社の内部管理を問題視する「統制やコンプライアンス」。はたは、これまた話題のJ-SOX法だったりと、現況そのものが「局所的視点」に留まっていること自体問題であると、あらためて進言しておきたい。
っと、云うことで久し振りに「保険ネタ」で。
子供が産まれたら、学資保険。
老後が心配だから、個人年金。
保険は「掛け捨て」がイイとか、
医療保険へ入るのは「おやめなさい」等々、
…こうやって、保険加入を事例にすれば、至極簡単に可笑しさが見えるはず。
そう!いわゆる上記は、すべて「テクニック」に過ぎない。無論この視点も否定はしない。(この場合のテクニックとは、局所的事由に対しての意味であり、ヒトとしての価値ある「人生継続」プランを考えなければ、絵に描いた餅に終わってしまう。そうあってはならない!)
しかし、所詮「テクニック」までのこと。
「家族」から『遺族』へという、2文字の変遷と相違。何もここで「相続」を「争続」と書くまでもない。また、新会社法の諸説明でも、語るべき方の立ち位置が違えば、正しくオセロゲームにもなってしまう。
なにゆえ、「ヒト」は、人間ドック(正しき健康診断)を受診するのか。そして、そこにはセカンドオピニオンの存在があり、リーガル面で云えば、「法テラス」までもある。
スタッフの一人が、「BCP思考って、とても身近なんですね!」と、美しい東京タワーの夜景を背に、けやき坂通りを歩きながら呟いた。
夜半、元麻布で開かれた、増田 慎・税理士の基調講演に参加。増田税理士の信条でもある、「クライアントの事業の発展を第一に、税務面でコンサルティングを行うのこと!」を実直に行っている結果、神奈川県下では、これからの税理士業界をリードする逸材として注目されていることも、本日の講演でヨク理解できた。(#^.^#)
スバルの新任さんが、お越しになった初日。大法人の功罪を垣間見るカタチになったのも何かの因縁か、な。
即ち、BCP思考は、とてもシンプルでありより身近な存在であるがため、BCP普及の旗は決して降ろさない。
==
BCP関連記事です。真っ正面からの取り組み、
http://takuo.txt-nifty.com/ao/2006/08/post_1.html
BCP策定企業として、
http://takuo.txt-nifty.com/ao/2006/06/bcp_c627.html
BCP策定企業、
http://takuo.txt-nifty.com/ao/2006/04/bcp_c0e0.html
新たな始動、
http://takuo.txt-nifty.com/ao/2006/03/post_e51c.html
BCPシンポジウムに参加して、
http://takuo.txt-nifty.com/ao/2006/03/bcp_5f54.html
新施策「中小企業BCP策定運用指針」のご紹介、
http://takuo.txt-nifty.com/ao/2006/03/bcp_d7cb.html
ある所感、
http://takuo.txt-nifty.com/ao/2006/02/post_6b71.html
おおきくなったねかい、
http://takuo.txt-nifty.com/ao/2006/02/post_dabf.html
生ませる技術、
http://takuo.txt-nifty.com/ao/2006/02/post_e159.html
経産省のあらたな取組、
http://takuo.txt-nifty.com/ao/2005/05/==
ここまで、お読み下さった方へのお礼に。↓
※日刊工業新聞新聞 2006年11月3日付(取材記事)より。
投稿:by 青っち 2006 11 28 11:30 午後 | 固定リンク | トラックバック
2006.09.02
思考の大切さ、
「育児は育自」と言う、『眼』或いは視点で、このBLOGを綴らせていただいている。様々な傾向を知り得る問い合わせを結構、頂戴する昨今。毎度申すことでもあるが、単なる「子育て日記」と視られる方もいるだろう。しかしながらこの「眼=視点」をもってして、ビジネスへ思考を向ければ意外と多くの気付きが得れる。(#^.^#)
もっぱら、最近の問い合わせの中で、必ず共通する課題がある。今日はそんな課題から領域外の切り口で、それもいたってシンプルに考えてみた。
「友達がなかなかできない…」とか、悩みを訴える親御さんとその子供さんがそこに居る。
この場合、大概は、「ココロを開こぉー!」とか、「相手の立場になって考えようー!」等々とアドバイスを受ける光景が目に浮かぶ。
これが、「個人の話」ではなく、『国の場合』だったらどうだろう。
「日本にとって、今!最も大切なのは、アジアの中に真の『友人』を作り、アジア情勢を安定させることではないか!」。
もとより、これら全般の思いは、現今の日本の情勢を危惧して、外国の識者が寄せる意見とも共通する。
『友人』を持つことは、国も、個人の場合と同じだ。
相手の立場に立って考えてみる『想像力』と、『ココロの広さ』、『誠実さ』。それがなければ、とても『友人』はできない。それに何よりも『ココロ』を開くこと!最も肝心である。
国際友好の在り方について、あの著名な歴史学者・トインビー博士は生前、自分の国だけにとらわれた歴史観を、「歴史の牢獄」と、呼んでおられたことはあまりにも有名なお話しでもある。
今尚多くの日本人を縛る、「ココロの中の植民地主義・国家主義・民族差別」。
それらは、言わば、「ココロの牢獄」と言えまいか。これを叩き壊さなければ、永遠に日本人の人間解放もなければ、国際化もない」と思わずにはいられない。
世界の中での日本の立場を考える時、この警句に謙虚に耳を傾け、真の『友人』として、信頼される国になることが求められる。
投稿:by 青っち 2006 09 02 11:12 午後 | 固定リンク | トラックバック
2006.07.11
同じ景色、
今、それぞれ90度の方角で、マンションやホテルの基礎工事が行われている。深夜帯になれば、従来の不夜城としての顔に変わる。変哲もない事象と見る方もいるだろう。不夜城の中にも、深々とする瞬間瞬間があり、結構気に入ってたりする。本日、あるドラマの一幕のことを少し考えている。
点と点を結び、あらためて展開する「面」を見る。何度やっても同じ言葉が現れてくる。
「同じ景色」を見たいものだと。泥臭くとも遠回りであると知ってもね。
ラーメンというのはさぁ、店の数だけ種類があるだろ?
私と旦那もさぁ、試行錯誤の上、やっとこの味に辿り着いたんだよ
その味を見つけた時の旦那の顔、
まるで少女漫画に出てくる王子様見たいにね光り輝いてたんだよ。
朝日を後ろにどーんとしょってさピカピカピカピカね。
私その時、生涯この人に付いて征こうと決めたんだ!
それから私達はずっと同じ景色を見ながら、
ラーメン作りを続けてきたんだ。2人の味を守りながらね。
旦那が死んでからも、私は同じ景色をずぅーっと見てる。
旦那といっしょにね。。。
ブスの瞳の恋してる-10話-どすこいらーめん店主・里中さんが、「同じ景色」について語られたシーンより。
そうなんだよね!(^_^)v
同じ景色を見ようと思うココロが欠落しなければ大抵のことは「ハナマル」となるんだから。しかし、見ようとする努力を放棄し且つ、小賢しいエネルギーを消費する。あまりにも可哀想でならない。
企業の業績や規模など全く関係ない。その上で、企業のトップは傲慢とは戦い、誠実には誠実で応えねばならないものだ。
っと、まもなく夜が明ける。冬が過ぎゆけば春となるように、どの場所であれ、まぎれもなく「朝」を迎える。同じ景色を見るために。(^_^)v
投稿:by 青っち 2006 07 11 04:22 午前 | 固定リンク | トラックバック
2005.12.27
イソップ物語、
「リスクヘッジ(ライフプランを基本にし)」と、その「伝達処理能力」が、ますます求められる領域だと考え取り組んでいる。先日、素敵な女性陣等と家庭と教育について、結構突っ込んだ勉強会となった。出来れば早めに各企業にも「勉強会」を実施していきたい。
母親の多くは、決して恵まれた環境で子供を育ててきた訳でない方が多い。ライフプラン通りに行かない所以でもあるのだが。
早くに夫を亡くしたり、病気と闘いながら等、むしろ、逆境の中で育児に取り組んでおられる。
日々の生活の中で、戦うお母さんの姿こそ、子供達にとって何よりの教育となっているのだから。
『負けないお母さん』が、『負けない子供』を育てる。
お母さんの『強い心』が、子供の『強い心』をつくる。
お母さんの『優しさ』が、子供の『優しさ』を育む。
これからの世代は、あらゆる変化の時代に突入する中、これまで出あったことのない挑戦を受けるかもしれない。だからこそ、子供達に「強いココロ」と「生きるチカラ」を身につけて欲しい。
子供は、いつかは、一人立ちしていかなくてはならないのだから。
「子供を、『幸福にすること』と『甘やかすこと』を混同してはいけない」とは、昨今の時代だからこそ、声を上げて叫ぶべくことだ。
そ!
「子供を幸福にする」ために大切なのは、どんな試練に出あっても、それに負けない「強さ」と「勇気」を育んでいくことではないだろうか。
スヤスヤと寝息まじりで眠っている我が子の顔を見つめながら、母親である以上、世のお母さんはみな同じことを考えるはず。
◆この子の将来には、どんなことが待ち受けているのだろう。?!
◆この子が大きくなる頃、世界はどんなふうになっているだろう?!
◆この子が苦しんだり、悲しい思いをするのは、耐えられない!
…等々、母親の「愛」というのは、誠に深々たるものだ。
時に、
イソップ物語に、「子供と師子」という話があることはご存じの通り。
登場人物は、年老いた父親に、勇敢で猟が大好きな一人息子。
ある日、父親は、息子が師子に殺される夢を見てしまう。その夢が正夢となることを恐れた父は、立派な住まいをつくり、息子をそこに閉じこめるのであった。
息子の心を慰めるために、部屋の壁には、さまざまな動物の絵を描いておいた。
しかし、自由を奪われた息子は、それらの絵を見れば見るほど、余計に苦しみを感じた。そしてある時、描かれた師子の前に立ち、叫ぶのであった。
「お前と父の夢のせいで、こんな牢獄に閉じこめられたのだ。どうしてくれよう!」
息子は、壁に描かれた師子に手を打ちつけてしまう。ところがその時、トゲが彼の爪に突き刺さり、それがもとで高熱を出し、子供は命を落としてしまった。
我が子を心配して守ろうとするあまり、息子の死を自ら招いてしまった父親。
一つの寓話に過ぎないだろうが、このご時世だからこそ、最も当てはまる警告ではないだろうか。
「子供のため」と思ってしたことが、かえって健全な成長邪魔してしまう。親にとって、これほどの悲劇もまたない。
子供は、大きくなるにつれて、さまざまな困難にぶつかる。しかし、そうした困難を、親が「先回り」しても、全てが全てに防ぐわけにはいかないのも現実だ。
親が守り過ぎると、子供の「生きるチカラ」が弱くなっちゃう。まだまだひ弱な子供が増えていると、指摘する識者もおられるが、原因のひとつに上記な点も含まれているのかもしれないなぁ!(#^.^#)
投稿:by 青っち 2005 12 27 08:34 午前 | 固定リンク | トラックバック
2005.12.06
ビジネス書よりも、
先月まで、各紙において、新刊の案内が毎日のように目まぐるしく、時には、考え抜かれた手法で販売に寄与されていた。ここ数日は、嵐の前の…か、今年はここまでか。色んな分野から、「勝ちゆくビジネス論」が刊行された年でもあった。
そんな中、毎日というリアルな空間には、やはり必然的要素がある新聞。 経済新聞の中の「スポーツ欄」は、青っちにとって格好な「場」を深々と感じさせて貰える。
記事について多く語るもなにも、『成長』するための『根っこ』が、素直に記されている。
女子プロ充実の1年
今年の女子ゴルフは年明けのW杯での宮里藍、北田瑠衣さんの活躍での一気に注目が増した。樋口久子さんに続く岡本綾子さんの世界殿堂入りといううれしいニュースもあり、世界を舞台に夢見る選手に勇気を与えた。
「2位コレクター」と呼ばれた表純子さんの初優勝は、キャディーとして支えているだんな様にも頭が下がり、感動を誘った。若手が急成長。最終戦までファンの興味は尽きなかったが。
宮里さんを迎え6年連続賞金女王に輝いた不動裕理さんはさすがと思わせた。彼女には、時代の流れが激しい中でも自分を見失わず、また他人に惑わされることもなく、愚直とも言える生き方を感じる。
ふだんはほのぼのとしているのに、クラブを握れば「仕事師」に変身する。練習場で「シュパッ」と球をクリーンにとれえるインパクト音を聞くだけでもひと味違い、他を寄せ付けない職人の雰囲気がある。
仕事としてゴルフを選んだ覚悟とでもいおうか。気構え、取り組み方はプロらしさを強烈に感じさせる。体調管理もしっかりしているから病気もせず、故障もしない。永久シード選手となり燃え尽き症候群に陥っても不思議ではないのに、いろんな感情を押し込めて目の前の1打に向き合っている。
毎年、シーズンを通じて波もなく活躍することは凡人にはできない。向かうところ敵なしといった感じがあるのに、自分のゴルフがまだまだ完成していないという気持ちがあって、素直にコースから学び、いろんな技術を吸収している。
ウエッジを開き、手首を効かせて打つなど、アプローチのバリエーションも増えた。精神的な強さといい、向上心の魂だ。宮里さんが大きく育ったのも、猛練習で鍛え上げた不動さんという良き先輩、手本がいたからだ。
前向きで明るい性格の宮里さんはソレンスタムやウェブ、クリーマーウッズといった世界のトップと一緒に回る機会を全く無駄にしない。貪欲にエッセンスを吸収し、自信を膨らませている。チャレンジ精神も旺盛だ。
米ツアー1次予選会2位通過の勢いを日本女子オープンの制覇につなげたが、それも通過点にすぎないという。昨年から米ツワーを見据えて自ら課題を与え、技術を磨いてきた。100ヤード以内からは全部1パットで、とでもいうようにバーディーやパーを拾う技術、集中力は目を見張るものがある。
彼女を取り巻くいろいろなものが血となり肉となっている。注目を集めた女子プロ界。来季は試合数も増えるという。空前の女子プロ人気をこのままブームで終わらせてはいけない。
大げさな言い方だが、毎試合、死に物狂いで戦ってこそ明日がある。老婆心ながら、みんながそれぞれ自分の生き方を追求し、燃え尽きてほしいと願う。
(日経新聞-2005.12.6(火)付.41面-プロゴルファー・森口祐子さんのスポートピアより)
素直と貪欲にエッセンスを吸収し、自信を膨らませ、チャレンジ精神も旺盛。
その答は、
成長の基軸そのものだ。
森口プロの記事は、毎回新鮮でいてきちんと「人」に注視され綴れれている。高価で分厚いビジネス書を選択する前に、日々手にする新聞にも、財の原石がすんでることを忘れることこそ勿体ないよね。
投稿:by 青っち 2005 12 06 11:53 午後 | 固定リンク | トラックバック
2005.11.24
信頼からの育児は育自、
開校記念日(休校)明けの長男の目覚めの朝は、T君来宅から始まる(笑)。この頃の時間帯には清々しい顔で何事もない様子で絵本を読む次男。今日もまた表面化する、「喧噪な人間社会に潜む『悪』の縮図」となるニュースがながれる。彼等のココロにどのような「地図」が反映されるのだろう。
「こどもの生活のリズムがおかしいんじゃないか?!」等々、このような声を最近よく耳にする。
起床、就寝時間をはじめ、おやつに夜食等、学習の準備について、ついつい、小言が出てしまうかもしれない。
案外、ここ「が」、意外にも「肝」となる思案のしどころだったりする。
ひとまず、少し立ち止まってから、目の前の子供に接したいもの。
札幌農学校のクラーク博士は、短期間だったが生徒に多くの教育的影響を与えたことで知られている。なかでも数ある富んだ話に、こんな話がある。農学校開校直後、クラーク博士が生徒への訓示でたった1つ望んだこと。
それは「紳士たれ」であった。
「ゼントルマンというものは定められた規則を厳重に守るものであるが、それは規則に縛られてやるのではなくて、自己の良心に従って行動するのである」と、それまでの規則を廃止。
生徒は喜び、かえって自分等の行動に責任を持つようになったと。「クラーク先生とその弟子たち」大島正健(著)。
教育は、命令や強制ではない。子供の生命を開き、自発の力を如何に発揮させるかにある。
ヨシ、やろう! という気持ちにさせることだ。
それには、クラーク博士がしたように、子供の中にある良心を見つめ、子供を信頼することではないだろうか。
その温かさが教育の第一歩であり、信頼の2文字から生まれる『育児は育自』の方程式なんだから。
・クラーク先生とその弟子たち
大島 正健 (著) 価格:¥3,150 (税込)
PS、
時に、目標に挑み続ける「地図」の象徴として、日々の「スポーツ選手」の活躍は目を見張る。高橋尚子さんについては、佐藤さんのBLOG(The comeback queen 高橋 復活V 平成乙酉年霜月二十一日)で粋な記事を堪能されるのも良いものだ。
投稿:by 青っち 2005 11 24 11:49 午後 | 固定リンク | トラックバック
2005.11.23
架け橋の生き方、
「架け橋」。
「絵画とは、作者の心と観る人の心との間に架けられた一つの橋」という至言がある。
絵画という「架け橋」を通じて、作者と鑑賞者の心と心は初めて通いあう。と同じく、実り豊かな出逢いは、「対話」という「架け橋」がなければ人の心は通じ合うことができない。
人の心と心に「架け橋」を築いていくことは、個であり組織であれ、人間の使命ではないだろうか。自らが望む人生設計において「個」の生き方に照らされた出逢いと友情こそ、最も深い信頼と安心、そして「魂の触発」をもたらす最極の絆となるのである。
長い人生だもんね!
職場でも学校でも、地域でも、更には家庭の中においても、多彩な出逢いがあり、語らいがあるだろう。そのひとつひとつを、何よりも大切にしながら、各人が最高の人生絵巻を綴りゆく「生き方」を受持した者として、名画の如く美しい「自分らしい『わ(和)』世界」を構築していきたいものである。
PS、いわきでのご活躍も「幸多かれ」と。
投稿:by 青っち 2005 11 23 11:54 午後 | 固定リンク | トラックバック
2005.11.22
耕さんとね、
「culture」。
もう一回、「culture」。
そう「カルチャー」という英語には文化の意味も教養の意味もある。良く知られているように、もともとは、「耕す」意味から出た言葉であ
る。
ココロは耕さなければ原野のようなものである。原野には、ワガママや怠惰、嫉妬、愚かさ、冷淡さ等々、雑草や石ころでいっぱいである。
そうした粗野のココロを耕すのが、文化であり教養である。よく耕された大地からこそ、「自分らしい」個性の大樹も、人間性の花も、幸福の緑野も育っていくものだ。
時に、医学的にも、「使命感」や「責任感」をもって目標に取り組み、「神経」を使っている人は、『ボケ』にくいと云われている。日常生活(=ビジネス社会においても)のなかで「忙しく動ける」ことに励めることは、その意味からもとてもとても有り難いことだと青っちは常々思う。
投稿:by 青っち 2005 11 22 11:51 午後 | 固定リンク | トラックバック
2005.11.13
お小遣い、
以前より、青っち宅の「お小遣い制」について、色んな方よりコメントを寄せられておりました。今回、今BLOGでもお馴染み且つ、センスの良いサイトを構築されてる「佐藤節夫」さん から、より踏み込んだコメントを頂いたので、今日は少し触れてみようと思います。
綴り始めたら長くなるでしょうから、今回はピンポイント式にて。。。
コメントの中でおそらく一番気になられてる点が、お小遣いから波及する、遊びツール(コミックゲーム等)を持っていなければ、仲間外れるになるような風潮を危惧されてる点かと。
っと、その前に、青っち宅では、「お小遣い」や「お年玉」など一切ありません!世間(巷で盛んな金銭教育など非でないぐらい、お金については徹底されてます)では「あり得ない派」に属するんだと思います。
無論、大きな子供は今でもなかなか理解(価値観)不能領域から抜け出ようとしないので、どちらかと言えば、青っち宅の最も危惧する点をとの声があれば、真っ先にこの大きな子供の問題を挙げるでしょうが。
では、お小遣いが全くないと云うとこれがそうでもないんです。青っちが(旧大蔵省=)元締めですんで、『ナイ!』と云えば、本当に子ども等の財布にはお金は入りません。(詳細は今回割愛します。)
また、大きな子供主導で、例えば「お風呂洗い」を毎日行えば、イクラかの金銭確保的なことも過去行っていました。(今BLOG中でも、さりげなくこの辺りは綴ってます。○≠○だと続きません!(笑))
クラスの誰それがどうだの、こんな風に小遣いを与えているなど、講釈はそれはそれは凄まじいです。←大きな子供がですがね。
でも、当然のことですが、その子供の「個」なるココロや環境も随分と違い、一概に「こうだぁー!」と決めつけられない現況と、その子その子に応じた対応が必須であると考えています。
お金の価値を子供と語る前に、「モノ」の価値があり、その前となる、そもそもの根底にある「人との関わりあう価値」を徹底し話しをしては、疑問・不明瞭や消化不良がある場合はそこから先には進まない等々が現状で、次男などの年齢でも同様に手抜きせずに行っています。
その上で、お金の周り方(如何にして、自分等の財布にお金が入っては出ていくか)を踏まえていく中、微額ですが入ってくるときはくるんだと、原始的なやり方を子ども等自身が会得してるのは事実だし、周辺(友人)の方々と同じモノが無いからと云って、未だかつて駄々をこねたり、仲間外れるになるようなことはないですね。
『勝負』は、青っちも含め「親」です。
親が、子供の「どの部分」を視て、「どのタイミング」で関わる緩急を交ぜながら行うか。大半は、日中母親がメインでしょうし、1週間を通せば「仕事」を理由にすれば、ここでも「母親」任せになるのが普通なんだろうと思います。
何も難しいことはないと思う。
通常業務で、「金銭関係」は、逆に母親よりも父親の方が、それはそれは額も大きく、一瞬たりとの油断できない環境下で業務を行っているんだから。その「我が家版」、「子供版」に落とし込めば、例外など無いはずかと。
何も「こと」を起こさず、決まった日に一定の金銭が支給される。
意外に当然との声もあるんでしょうが、角度を少し変えれば、社内で自身が決済者なら?
ただ、上記の「何々が出来たら、今度はこれを買ってあげる派」を否定はしませんし、必要なら行えば良いかと思います。その先に、「継続し続ける大義名分が親と子と間で成立出来る前提なら」。
月末などになると、大きな子供が、次男と「金銭貸借」の相談をし、決定されれば、大きな子供は、次男の財布から出ていくお金をもって買い物という事にあたります。無論、貸し出す次男側としては、かわいい利息要求(今は、ガムやジュースなど)を当然交わしているところなんか可愛いと見て見ぬふりをしてる青っちです。
今回、佐藤さんからのコメントの中にある、真摯に「調べてみたい」とありますので、ご覧の皆様も宜しければ、下記の問いについて、忌憚なご意見を青っちや佐藤さんまで、お寄せ頂ければ幸いです。
佐藤さんのサイト → 「隻手の声(佐藤節夫)」 まで、(^^)v
…(中略)…、視点を広げて、東京から日本中の平均を調べたいと思っておりました。ネットで調べても「おこずかい」の意味が違って分かりませんでしたので。と申しますのも、私の英会話の先生だったカナダでは中学生以上は「おこずかい」は無し。
その代わりhouse workingの報酬で得るというのが各家庭の方針だそうです。教えて頂いた先生の地区だったかもしれませんが。小学生はわかりません。今小中学生はコミック・ゲームにと忙しいし、持ってないと、仲間はずれにされるそうだ。
先般の「アントクアリウム」(小5の子に薦めたら喜んでる)「杉原千畝物語」は大人もokだから「おこずかい」では気の毒だね。FP社長様が「子供の金銭感覚」を取り上げて見えるので、BLOGでお聞かせ願えれば幸いです。
Copyright 2005 All rights reserved By 佐藤 節夫
投稿:by 青っち 2005 11 13 11:29 午後 | 固定リンク | トラックバック
2005.04.12
目の付け所がシャープ、
今朝早くからビデオと資料の整理の雑務処理。FP社長は、AIG世界大会の表彰式のため一路、台湾入り。各種資料を眺めていると、昨年の今時分、フジテレビ「F2」で「牡丹と薔薇」の特集が放映されてたものが出てきた(笑)。その場面を子供等ともこっそりと観てると、居ても立ってもいられないかったんだろう。
次男は「♪ぼーたんとば~ら~はー、どーちらがきーれ~ぅい~、いーろあざやーか~に、さーきみだれーるよ~」 と声高々に唄いあげる始末。(よくもまぁー覚えてるもんだ)
長男も、「何様のつもり!豚には豚の…」と台詞を喋る始末。
当時、渋谷でのトークイベントには、異例の300人が集ったようだ。エエッってネ。
また、3夜連続で「細木和子女史」なる番組が放映されてた。弥々到来!案の定、昨年は、この方が旋風を巻き起こしたことは「事実」だ。占いがってことじゃなく、彼女の「キャラ」、また「牡丹薔薇」も同様。市場が何を求めてるか、非常に見える。
昨今、世に言う『購買層』の主役は、「30代から50代の女性」ときてる。さてさて、今年はどうだろう。
青は以前から名付けてる、「はっきり族」と。(^-^)/
自らもさることながら、相手からも「はっきりとした指針」をキャッチされ、自身との心のバランスとが共感した場合、多種多様な業界へと「行動」できる層だ。
「はっきりと」と言えば、青にしてみれば、「してやられた」って善い意味で感心してる企業がある。
丁度一年は経つのだが、(株)アルデプロ(マザーズ:8925)は、主に首都圏で中古マンションを買い取り、改装して販売を手掛ける。従来は不動産管理事業が主だが、「中古マンションの再生ビジネスは有望」と「はっきりとした行動」で、2001年12月に中古マンション事業に本格参入した。
首都圏近郊のマンション一棟をまるごと仕入れ、室内や共有スペースをリフォームし販売。同社は昨年4月7日の前場引け後に、4月30日現在の「株式1株を4株に分割」すると発表。時価2,420,000円(当時)。
…目の付け所がシャープだよね!☆☆(゜-゜)☆☆(゚_゚=
「10ぴきのかえるののどじまん」って本を片手に「ゲロッ!ゲロッ!」
次男が横で唄いまくっている。感受性が豊かな子だ。ヽ(*^。^*)ノ
投稿:by 青っち 2005 04 12 08:16 午前 | 固定リンク | トラックバック
2005.04.04
プロセスの大事さ、
早朝から、いつも通り出逢いのあった方々へ「葉書」を綴る青なのだが、今回は先方さまの「趣」を考え、FAXにちょっとしたレポートを添えさせて送る。決算事務等で奔走中にも関わらず、切り盛り役であられる女史から丁重なメールを頂く。<(_ _)>
このFAX、市販されてるソフトでなく、あくまで今時のPCなら必ず付いてる標準ものを活用するのだが、あまり知られていないようだ。ましてや回線問題に疑問視するNTTさんですらも良く分かっていない。
もうかなり使い込んでるんで良く、行く先々のNTT支店さん等が研修の一貫として事務所へ訪れたりする。マニュアルには、思いっきりそのような使用方法は「出来ません!」と書かれてるのだから仕方ないのかな。
出「会」いを、出「逢」いとし感じ、「縁」の大切さを大事にされる方々には、共通したものがある。幾つかあるのだが、優先順位が必ず1番なモノが、「プロセス」だ。
機会がある度セミナー等ではお話しをさせて頂いている点だが、何かコトを進める過程で、まず最初、コトを起こす側が常に、『最高』と『最悪』を考え、同時に、先方となる相手側へも、一番ベストなタイミングでお話しする「説明」のプロセスがある。簡単そうでいて難易度は計り知れない。
しかし、この作業を無視、或いは手を抜くと、コトを起こす側の想像以上な「結果」が出るのが怖い。それも先に区別までした「最高と最悪」で云うなら、最高なスタンスがとれても、本来の100分の1程度位なモノでしかなかったことが、時間と共に自らが否が応でも分かるのだ。
「最高」な場面は人にもよるだろうが、イメージしやすい。しかし、「最悪」の場合は想定ゼロだから大変だ。最悪と書けば、何処か後ろめたいもののように受け取られがちだが全くそうではない。また、何時も猪突猛進のように前進前進というわけには行かず、自分という相手が必ず存在し、その上で相手様が居られる。生身の人間なんだから。
「前三後一」と云う言葉を、青はよく使い活かしている。どのような「結果」が出ても、相手様の希望の優先順位とコトを起こす側の心根なる優先順位は、「=(イコール)」にならなければいけないからだ。もっと云えば、この「最高と最悪」なるプロセスが根底にあれば、100%以上な「成果」が出るのは容易に想像できるはず。
ハウツー本や心理学本、さらには成功本などには、決して綴られることのない箇所なだけに、昔から、青っちは「打ち手の小槌」と命名してる。誰人であれ持ってることは事実であり、使えば良いモノであることも知ってる方々も居たり、それでいて使い方が分からない、と発する方が居たりするのも事実だ。
「打ち手の小槌」は持ってるんだから、まず、素直に使えば良いだけなのだが。
何がそれを邪魔をするのだろう。
プライドなのか、惰性なのか。
青っちは、強ちそう単純に決めつけはしたくない。ただ、長年接してて感じることは、「目的意識」の希薄さだけは逃げようのない事実であると。
連日の暖かさとは比較にならない朝、寒風が改札口で待ってる青を襲う。
「…うぅー、ちと寒い」。
さて、今日の事案もサクッと仕上げ、残ってる懸案事項に暫しの時間、集中しなければ。
伊賀のT宅では、迷惑メールの影響で携帯を手放すはめになったようだが、折角「ドメイン指定」や「アドレス指定」等が出来るし、アドレス変更や住所録の上手い使い方を伝えるのだが、とき既に遅し。
携帯と云えば、前々から青の端末は「スピッツ」や「D51」のメロディーコールに設定していたが、音が割れてて聞き辛いとの声があったので、ベーシックなものに今日から変更。ドコモ勤務のH君が試用されてる、「言葉とミーシャの音色」をGETしたいのだが、確認したら手に入らないようだ。彼のコールは今やプレミアものだな。
FP社長さんは、地方巡業をマイ・カーと姉妹のようなナビとのガチンコバトルを行いながらも、無事故で且つ、またまた移動時間の「更新」にも成功(?)した模様。無事で何より。☆☆(゚-゚)☆☆
かなり音信が途絶えてK氏の動向も、サイト(便利だよね)というからようやく判明。沖縄へ行っていたりとか、写真ではあるが、お元気そうで正直ホットした。空前の花粉現象なのでぶっ倒れたりしてるんじゃないかと、心配していた。
食に旺盛な次男が、本来のペースに戻らないことは、体調が仲々モトに戻らないぐらい芳しくないということか。年長さんになってのダウン。本人が一番辛いだろうに。
投稿:by 青っち 2005 04 04 11:07 午後 | 固定リンク | トラックバック
2005.01.18
子供の「素」、
長男の教科書を時折手に取る。今日などはあらためて感じるのだ。「何て薄いのだろう」と。大きな子供は正直、教育について関心度は薄い。が、世間で云うところの親子の関係にも映らず、どちらかと云えば、「姉弟」という言葉が一番当てはまる。趣味や教育、こちらも昔から青の分担分野だ。
『LOVE論』~あなたのいいトコ探します~ つんく著(新潮社)数年前に読み終えたモノに1つのキーワード「普通の若者の成功の道」を見つけたのだった。
つんくさんの魅力を理解できているおじ様は数少ない。「あんな男のどこがいいんだ?」と、小娘がキャアキャア騒ぎながらシャ乱Qのライブに出掛けて行くのに首を傾げている。恥ずかしながら、彼の昔、青っちもそのクチであった。
つんくさん程度のセンスの持ち主なら、芸能界には山ほど居るだろう。何故、つんくさんがカルト人気を博し、自分ばかりでなく「モーニング娘。」をはじめとする女性アイドル達の名プロデューサーとして成功を収められたのかが、どうしても分からなかった。
その秘密の、全てとは云わないまでも、一端が、この本を読むと見えてくる。つんくさんは云う。「俺は自分が〝天才じゃない〟ことを知っていたから、どうすれば売れるかを必死に考えた」 そう、つんくさんは、完全に自分を演出し、商品としてパッケージングして売り出した人物だったのだ。
「努力して何とか自分を変えていこうとする人間が好きだし、そういう子にはとても興味をそそられる」
つまり、これまでの芸能プロデューサーのように、万人に一人の天才を見つけだしてデビューさせよう、という考え方とは、180度、方向性が違うのだ。何でもそこそこはできるが、あと一歩でヒロインの座に届かない、凄まじい潜在数として存在している普通の若者たちにとって、つんくさんは、そんな彼女らを、スポットライトを浴びるステージに立たせてしまうことができる魔法使いなのだ。現代は、はるか高みにいる者たちはヒーローにはなれない。手の届きそうで届かない、そんなもどかしい位置にいる子がカリスマとなる。時代を見据え、自分の価値と役割をはっきり認識していたつんくさんが成功者となれたのは、ある意味で当然過ぎるほど当然なのである。もちろん、その先の、本当の人間の価値とは?!、という言葉が喉元まで出かかるが、この本にそこまでを要求するのは、お門違いというものだろうが。(^_^)
今、子供等の「素(す)」所謂、子供プロデュースに各方面では、かなり盛んに取り組まれているようだ。金融や職業、科学やIT等々、正に多種多様。出来うることなら、早い時期に「子供等に生き抜く目的観」を携えて貰い、と良く親御さんからお便りを戴く。今週22日、新年早々子供等が通っている「公文の担当先生との語リング」を控え思うことがあるのだ。この先生とは以前にもBLOG中でも取りあげているが、対子供、対親、対学校そして対社会観それぞれ持論をお持ちで、青とは非常に良く感度がマッチする。粋な先生女史であることは間違いない(^^)v。
投稿:by 青っち 2005 01 18 09:45 午後 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
2004.10.13
近頃のステータス?
最近良く相談を受ける中に、「?=(時流の変化)」を感じてる。
一昔前に良く言われていたモノに、「一家」でかかりつけの
医師と弁護士そしてFPが掲げられ鳴り物入りで「FP」ブーム
が起こった。
現在、それらとは一線を引く形で自身の「精神カウンセラー」
を持っているか否かと云う話題が女性の中でお聴きする。
一種のステータスだそうだ。(真顔で云われるところが凄い)
ステータスでなく、本当に必要な方々においては、これこそ
迷惑な話しだ。
しかし、事はそう短絡的な話しではない。
病院さんは、何時しか平気で、更に云えば「ホイホイ」と処方
される。その薬の効能のきつさや何たるかをも本人に説明な
しに。
「夜寝られない」との一言で、眠剤ではなく、ハルシオン級の
薬を手渡す。
手渡された方にすれば、2種類に分かれる。
一つは、ステータス組は、処方される云々よりも、「通ってる」
この事実が必要だと。つまり、私には「こころのカウンセラー」
を持っていると誇示したくなるらしい。
そして一つは、「うつ病」だってと、家族や同僚に何気に話し、
自分は…、、、、と本来落ち込まなくて良い部分で沈んだり、
家族の中にも、「何故の連発」や同僚間においては、告げられ
た友人が「エッ、そしたら自分もジャン」と変な相乗効果。
ステータス何かで、そのようなモノを持って欲しくない、と青は
率直に思う。
悩みがあることは、ある意味で素晴らしい事とも云える。更に
云えば「グチ」も凄っく大切のものだ。
一概にカウンセラーを否定しているつもりはない、ただ、心の
病におかされてる方々の「本意」を考えたら、胸が苦しいし、
もっと大切なことを云えば、その処方箋でご自身がステータス
にされてても、社会がそうでないことに後々気づかれていく。
これが一番、現実的にきついと思うので、青に話があれば、
素直に申す。
そう、持つモノで一番大切なステータスは、正に自身のこころ
所謂「どんなことがあっても一喜一憂しない金剛な自分らしさ」
を持たれませんか、と。
結論(今回は最後に申すが)は他力本願でなく「自力本願」を
持つことと。
投稿:by 青っち 2004 10 13 09:08 午後 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
2004.10.03
スマイル∈^0^∋
朝早く、休みをのんびり過ごす街中を歩く。いつも立ち寄るローソンへ足を入れる。
店内には今夏話題になった、「ラストプレゼント~娘と生きる最後の夏」の主題歌。槇原敬之氏の曲「僕が一番欲しかったもの」が、無人に近い店内に響く。
あらためて「欲しいモノ」と「スマイル」について脳裏をよぎる。自分が欲しいものを見つけることができたのに、それを必要な人が現れて、その人に見つけたものをあげちゃう。
自分には何も残らないが、人に与える事で、人に喜びを与える事ができる。その事が1番欲しかったモノじゃぁなかったと。
「僕が一番欲しかったもの」
唄 槇原 敬之氏、作詞・作曲 槇原 敬之氏
さっきとても素敵なものを
拾って僕は喜んでいた
ふと気が付いて横に目をやると
誰かがいるのに気付いた
その人はさっき僕が拾った
素敵なものを今の僕以上に
必要としている人だと
言う事が分かった
惜しいような気もしたけど
僕はそれをあげる事にした
きっとまたこの先探していれば
もっと素敵なものが見つかるだろう
その人は何度もありがとうと
嬉しそうに僕に笑ってくれた
その後にもまた僕はとても
素敵なものを拾った
ふと気が付いて横に目をやると
また誰かがいるのに気付いた
その人もさっき僕が拾った
素敵なものを今の僕以上に
必要としている人だと
言う事が分かった
惜しいような気もしたけど
またそれをあげる事にした
きっとまたこの先探していれば
もっと素敵なものが見つかるだろう
なによりも僕を見て嬉しそうに
笑う顔が見れて嬉しかった
結局僕はそんな事を何度も繰り返し
最後には何も見つけられないまま
ここまで来た道を振り返ってみたら
僕のあげたものでたくさんの
人が幸せそうに笑っていて
それを見た時の気持ちが僕の
探していたものだとわかった
今までで一番素敵なものを
僕はとうとう拾う事が出来た
愛Vs「抜苦与楽」に尽きるんじゃないかと青は再確認致す。
そして、青の大好きな言葉が派生する。
「何が、あっても前向きに!」
「何が、あっても朗らかに!」
「何が、あっても協力し合って。」
そう、スマイル、∈^0^∋を持ってるなら、心根の笑顔は変わ
らない。
投稿:by 青っち 2004 10 03 09:50 午後 | 固定リンク | トラックバック
2004.09.30
イチロー作文、
刻一刻とカウントダウンが始まっている。大記録へあと2。イチロー選手は29日、アスレチックス戦で3打数1安打。シーズン最多記録の257安打にあと「2」とし残り4試合。野球ファンとしてでなく、今、あらためて彼の目標設定へのプロセス管理が否応なしに見つめ直されていると青は率直にそう感じている。
ここに彼が小学校時代に書き綴った作文がある。圧巻!
「 僕 の 夢 」
愛知県西春日井郡とよなり小学校
6年2組 鈴木一朗僕の夢は、一流のプロ野球選手になることです。そのためには、中学、高校と全国大会に出て、活躍しなければなりません。
活躍できるようになるためには、練習が必要です。僕は3才の時から練習を始めています。3才から7才までは半年くらいやっていましたが、3年生の時から今までは、365日中、360日は激しい練習をやっています。
だから、1週間中で友達と遊べる時間は、5~6時間です。そんなに練習をやっているのだから、必ずプロ野球の選手になれると思います。
そして、中学、高校と活躍して、高校を卒業してからプロに入団するつもりです。そして、その球団は、中日ドラゴンズか西武ライオンズです。
ドラフト入団で、契約金は1億円以上が目標です。僕が自信のあるのは、投手か打撃です。去年の夏、僕たちは全国大会に行きました。
そして、ほとんどの投手を見てきましたが、自分が大会NO1選手と確信でき、打撃では、県大会4試合のうち、ホームラン3本を打ちました。
そして、全体を通した打率は5割8分3厘でした。このように、自分でも納得のいく成績でした。そして、僕たちは、1年間負け知らずで野球ができました。
だから、この調子でこれからも頑張ります。そして僕が一流の選手なって試合に出られるようになったら、お世話になった人に招待券を配って、応援してもらうのも夢の一つです。
とにかく、一番大きな夢は、プロ野球の選手になることです。
ビジネスであれ、全ての市場原理に当てはめられると、あらためて痛感いたす。
彼のことだから、そつなく熟すことであろう。世界中がイチローを記す前に、青は、彼の「作文」と言う角度から迫ってみた。
先般の講演先で開催した「リクルート・コーチング」でも、当日参加された学生さん等にご紹介したモノだが、珠玉の至言が端々にちりばめられている。
修羅…がシリーズじゃないが、東北戦線も甚だ陳腐に映る。未来を背負う子供等が野球をきちんとみつめている。長嶋さんも無理を承知でブラウン管へ、ゴジラ松井もまた然り。
メジャーからすっごく熱いエールが贈られてくる今「野球の原点」を描き直し始めているのではないかと!
投稿:by 青っち 2004 09 30 05:55 午後 | 固定リンク | コメント (3) | トラックバック
2004.09.27
データはあるものの、
良く「データ集」なるものを引っさげて、お話しをされる金融機関さん等が居られる。活きたデータは必須であろうが、それに頼ってばかりでは如何なものかと甚だ疑問。では、活きてるかどうかをどこで
判断するのかってことも確かにあるとは思う。ただ、目の前にある「データ」を、価値あるモノにするには、その方の「生き様」が大いに問われる時代に入って来てることだけは、確かなようだ。 知識から「智慧」第一の所以。
学生の街は何時の時代であれ、賑やかであり街全体が明るく感じる。
そんな学生さん等の生活も随分と様変わりの様子だ。
大学生(昼間部)の食費や娯楽・し好費等の「生活費」は年間約86万円(02年11月現在)で、前回(00年度)調査時より9.4%も減ったことが文部科学省の学生生活調査の現況。
これだけ減ったのは、68年の調査開始以来初めてだとのこと。
授業料や通学費等の「学費」は約116万円で3.5%増えており、不況下で生活費を切り詰めている実態が浮かんでいる。
調査は、学生の経済状況を知るため、2年毎に実施している。
全国の国公私立大(短大を含む)の学生約5万3000人を、無作為抽出してアンケートを行い、約69%にあたる約3万6000人から回答を得ている。
それによると、大学生の生活費(平均)は、住居・光熱費が、約27万円▽食費約22万円▽娯楽・し好費約16万円…等計約86万円。
前回調査では、前々回と比べて約8万6000円(10.2%)も伸びたが、今回は前回より約8万円減っている。
中でも、娯楽・し好費の落ち込みが大きく、86年調査時と同じレベルまで下がった。
家庭の年間平均収入は、前回調査から、5.9%減って897万円となっており、文科省は「不況で親の家計も苦しい。就職活動など将来を見越して貯蓄に回しているようだ」と分析はしている。
学費は、前回比約4万円増となったが、生活費とあわせた「学生生活費」でも約202万円にとどまり、前回から約2%減った。
国公私立別でみると、学費は私立が約132万円で、約63万~64万円の国公立の2倍以上となったが、生活費では国立が約96万円で、私立の約83万円を上回った。
自宅通学者と下宿通学者の学生生活費には、約67万円の差があることも分かり、ますます現況かの中、本業以外で頭を抱える状況が増えてきている。
っまぁ、付け足すことでもないが、御家族に何事もなく、更にはアクシデントも無いと云う「大前提」であることは云うまでもない。
未だに、大学は「半分以上は義務教育」の領域を脱していないことは、紛れもない事実だ。
投稿:by 青っち 2004 09 27 08:56 午後 | 固定リンク | トラックバック
2004.07.29
見抜く眼を持たんとね!
今月もあっという間に終わろうとしている。
7月は特に関係深い社長さん等との会話で「人事」の話題
が特に多く苦慮されていた。
青からは、こんな譬えを話させて貰いながら、価値ある時
間を共有した夏でもあった。
古典もたまには良いモノですよ。(^^)v
袋の中に錐を入れると、先端がすぐに突き出る。
「嚢中の錐」とは転じて「才能ある人はかくれていても頭角を
現す」という意の成語。
だが、この語を引用した歴史書『史記』を見ると、才能ある人
を“見抜く側の眼力”も問われている。
趙の国の王子である平原君は、祖国が秦に攻められたとき、
楚に援軍を求める使者に立った。同行の士20人を選ぼうとす
るが、最後の一人が決まらない。
門下の毛遂が自ら名乗り出た。
平原君は「嚢中の錐」の譬えを引き、「拙者は先生のことを
聞いた事がない。それは、先生に良いところがないからだ」と
言下に退けようとした。
問答の末、平原君は、渋々、毛遂を一員に加えたが期待はし
ていなかった。
だが、あに図らんや、毛遂の英知は鋭く、巧みな交渉により楚
の援軍派遣に成功。平原君は、毛遂の才能を見抜けなかった
自らの不明を恥じ入ったという。
人材育成の第一歩は「見いだす」ことですよね。
可能性を秘めた逸材が目の前に居られても、それを抜てきする
度量がなければ、宝の持ち腐れである。
人材がいない、と嘆くなかれ、と青は強く申したい。人材の資質
を見抜ける眼を持つ事が「王道」だと!
紀元前の古典が、そう呼び掛けている。
外は雨、トホホ…。
へんてこ台風君、あんまり子供の夢を壊さないでおくれ。<(_ _)>
投稿:by 青っち 2004 07 29 04:36 午前 | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
2004.07.19
無償な教科書、
弥々、3週目に突入。熱っいドラマが満載だ。何時も通り肯定から入る青。「セカチュウ」の話題は、追々にし、「ラストプレゼント」という番組がある。
公式サイトにある「投稿と閲覧」には、かなり真剣な書き込みが見受けられる。
「あと3ヶ月しか生きられないとしたら、誰と何をしますか」
日テレ系「ラストプレゼント~娘と生きる最後の夏~」毎週水曜夜10時~目下放送中(今週で3話目)
建築士の明日香(天海)は、ある日、余命3ヶ月と宣告される。心に浮かんできたものは、離婚して娘を捨ててしまった過去の自分への呵責だった。
「死」という過酷な運命に立ち向かいながらも、愛する娘と懸命に向き合おうとする、母と娘の「絆」の再生を描いた感動ドラマ。
明日香は、自分の病気について誰にも話さない。それは、娘への「償い」と「最後のプライド」から。
前向きに、死を受け入れていく姿が、生きる意味を問うきっかになれば、と。制作サイドの心根を感じる。
主な出演者として:天海祐希さん・永作博美さん・佐々木蔵之介さん他。
注目はもう一つ!「今夏、台風の目になると」脚本は、秦建日子(はたたけひこ、本名同じ)さんだ。
昨年は『共犯者』や『最後の弁護人』と、緻密で繊細な世界を構築してきたお方。
今回は一言で云うと『僕の生きる道』と『僕と彼女と彼女の生きる道』を、足して2で割る、男女の役割を逆にしたような設定だ。
一歩間違うと、だらけるだろうが、どう新たなる「切り口」から攻めて来られるか、現在は、「7・8話」まで記してると。
先週の2話では、明日香は娘の歩とサバイバルゲームに緊急参戦。「勝ち負けは、どうでもいい」と歩に宣言した。それはまるで、「病気と闘う決意に彷彿するように」。
さあー、ひとつのターニングポイントとなる「3話」では、病院に行った明日香が、男の投身自殺を目撃する。男は少し前まで待合室で、自分が余命半年だ、と明日香に話していた末期がんの患者であった。
10年ぶりに家族で旅行に行ったという男は、女房と娘が作った世界で一番うまい料理を食べて今が一番幸せだ、と言う。
図らずも自分と同じ運命の患者の最期の言葉を聞いてしまった明日香は、改めて自分がこれから何をなすべきかを考える。
では、実際、これらの話を今後も含め如何に業務に落とし込みを行っていくか。特に営業されてる方々にとって。
まぁ、聴きたくもないかなぁ、青にとっては有効な教科書だ。更に云えば、お客様もある意味嬉しい場面もまた然りだが。ちょこっとだけ云えば、肩肘張らず、本音でお客様と語る機会のある方は、ひとつのアイテムとして持つことは賢いかと。
投稿:by 青っち 2004 07 19 10:40 午後 | 固定リンク | トラックバック
2004.07.15
1冊のアルバム、
気分転換に部屋の掃除をした。暑い日にはこれが一番。本棚に収まってる「アルバム」に自然と手が伸びた。一昔前、そんな表現が似合うに等しい1冊がある。家族で北海道は厚田村に当時としては異例の安さと企画を武器にする阪急交通のパックを絡めて。もちろん、大きな子供ちゃんも既に参加しているというオチはあるのだが。そんな宝物のようなモノが詰まったアルバムを何げに開けていた。
北海道に入って、バスの乗車時間がほとんどだったと記憶している。旅路に飽きた顔色と通過地点が重なったことをも含め、機転を利かせた添乗員がぴしゃりとツボを押さえた。日高山脈をバスが通過する頃、添乗員さんが急にマイクを持って謳いはじめた。当時の写真が存分に展開されてる。
謳う姿から、今度は、切々とある物語を語りはじめる。時間にすれば数分なのだが、語りが終わった後、車中では一斉に無言の姿が綺麗に並んでいた。中には噎せながら涙する方々も居た。「雪の遺書」について語る添乗員さんに、青は下車後、その物語の概要を更に伺ったものだ。
学生だった青は、学内の図書館でかなり探したモンだ。でも廃刊になっていることや、土地柄的に入手しにくい等の理由を司書さんから聞かされる。何故か諦めきれなかった青は「国立国会図書館」の存在を知り、半年がかりでその本を手にする。
昭和40年3月14日未明、日高山脈縦走中の北大山岳部の登山隊6名が雪崩に巻き込まれ、全員が死亡。初期捜索は困難を極め、雪解けを待って再開始され捜索によって、全員の遺体が発見、リーダーであった澤田さんの胸ポケットの中から、地図の裏に書かれた遺書が、ポリエチレン袋に収められたものが見つかる。
奇跡的に、即死を免れた澤田さんが、雪崩の雪の下で記したものだ。絶望の淵で必死に書かれた遺書は強い責任感と家族愛に満ちて、読む人又は青のように聴かされる人の胸を打つんだね。
「遺書」として、澤田さんが綴られたモノがある。
遺 書 澤田 義一
三月十四日(?)の深夜ニ時頃、(後で時計を見て逆算した)突然ナダレが雪洞をおそい、皆寝ているままにして埋めてしまった。
最初、雪洞の斜面がなだれたのかと思ったが、後ですき間を少しずつ広げてみた結果、入り口よりデブリがなだれこんできたものだった。
皆は最初の一しゅんで死んだようだったが、私は、幸いにして口のまわりに間隔があったのを次第に広げて、ついにナタで横穴をニメートル近く掘って脱出しようとしたが、外はデブリで埋まっているためか、一向に明るくならずついに死を覚悟する。
ただ今十四日十三時十分しかし何とか外に出たいものだが、根気負けしてしまった。
一休みしてから考えよう。
お母さん、お父さんごめんなさい。一足先に行かしてもらうだけです。きっと、何かに生まれ変わってくるはずです。その時お母さんお父さんを見守っているはずです。
土田のおばさんすいません。心配が本当になってしまいました。でもゆるしてくださいね。
田中さん、坂井君、松井君、中川君、橋本君ごめんなさい。とりかえしのつかぬ失敗をしてしまって。
皆さんのお母さんごめんなさい。ついにやってきたのです。きっと天から皆さんを見守っているつもりです。せめてできることはその位です。早く、安らかに眠りたいものです。
どうせ死ぬなら、僕ひとりだけです。
十四日十三時二十分。尾崎さん別にいいんです。
内藤さんアマゾンはどうでした。佐藤君、牧野内君、友達として心のふれあう君達だった。佐藤君には五千円借金しています。
海内さんだって、波多江さんだって小泉君だって死んでいるじゃないか。ちっともさみしくないはずだ。
杉山さんご指導ありがとうございました。
ルームの皆さんさようなら。松田君、庵谷君すいませんが、後始末をお願いします。
広瀬先生すいません。上山さんお先に行きます。鈴木、清水、裏、山下、田中、井上、林頑張れ。
何がなくなっても命だけあれば沢山だ。死を目の前にしてそう感ずる。親より早く死ぬのは最大の情けない気持ちだ。松井君は一人子、橋本君は男一人、僕も男一人で、親のなげき悲しむ様子が手にとるようにわかる。
三月十四・十五・十六・十七と寝たり掘ったりする。日付は時計の針でのみ計算する。ナタが手に入った。懐中電灯が二ヶ、スペアの電池が一ヶ、非常食が二人分。
掘っても掘っても明るさが出てこないので、がっくりしている。
生は10%ぐらいだろう。十七日朝八時。
お母さん本当にごめんなさい。
今まで育ててくれたつぐないをなさずに、先に行ってしまうなんて。今は比較的落ち着いています。仲間が皆そばで眠っているせいでしょう。後一週間くらいならこのまま寝て待っていられるのだが、二十五日ごろ騒ぎだして、捜索隊がここにつくのは早くて二十九日。そしてここが見つかるかどうかも疑問だ。
十三日にここであった山スキー部のパーティが、一緒に来てくれれば分かり易いのだが、あの時あいさつしておけばよかった。向こうのパーティも知らん振りしていってしまった。(注:このとき会った山スキー部パーティの正確な情報捜索協力は捜索活動の決定的役割を果した。)
佳江、珠代へ。
先に死んでしまってごめんよ。
お母さん、お父さんはこれからお年寄りになっていくんだから二人仲よくして、お兄ちゃんの分もよく面倒みてあげて下さい。昌子姉へ、お母さんお父さんのことよろしく。
お母さん今死んでしまうなんて残念だ。切角背広も作ったのにもうだめだ。
登山計画
リーダー:澤田義一(農4)
アシスタント・リーダー:中川昭三(文3)
メンバー:橋本甲午(農4)、田中康子(教養2)、松井作頼(教養 1)、坂井丈寛(教養1)
日 時:昭和40年3月11日―3月24日最終下山日(行動9日、 停滞5日)
コース :札内川―カムイエクウチカウシ山―カムイ岳―幌尻岳 ―トッタベツ川
彼等は、必ずしも危険な所で雪洞を作って露営していたわけではない。その後の調査によるとこの雪崩は、走行約3km、デブリの長さ1Km、幅30-100m、量約40万トン、日本国内の雪崩としては最大級に属するものと推定されたようだ。
その澤田さんの父君が、「詠んだ歌」がある。
「義一」 澤田 己之助
就職のきまりしときの喜びは いまもなおわがまなかいにあり
(昭和40年3月)妻ときて悲しみあらたなり あたらしき背広の服を子の部屋にみて
(昭和40年3月)おん身いま日高山なみ深き谷に 焼かるる夜をわれは眠れず
(昭和40年6月)北のはて日高の谷の山旅に わらじも足に馴れて下りぬ
(昭和40年8月)子の死してすでに十年を過ぎにしを 憶いつつ生く老いらくの身は
(昭和50年3月)
「北の山脈」17号(昭和50年3月15日)より
1冊のアルバムから、当時の旅行を想い出し1枚の写真から感動し探し求めた「書」を更に思い出すこととなった。
流行の本もそれはそれでよいモノだが、時にこの手のような良書との出逢いは、正に「人と人との出会い」なようなものと青は常に感じている。
そして、その出会いは、一過性でなく、永続性のあるものを望みたいモノだ。もち、老若男女問わずだが。
投稿:by 青っち 2004 07 15 10:58 午後 | 固定リンク | コメント (4) | トラックバック
2004.07.08
使命ある子供、
青は良く人材と言う文字を「人財」に置き換えている。また「21世紀はどうなるんですかねぇー」と尋ねられることもしばしば。青からは「どうなるんじゃなくて、どうしたいか!」自分自身の「意志」が大事じゃないかと答えてる。
人は、「どうしたいか」で、全部決まるんじゃないかとさえ。強い強い「意志」と「決意」があって、初めて道は開けると。
この厳夏にあらためて自身にも含め問い直す機会だから。
「人生は強気でいけ! 臆病に負けるな! 何も恐れるな!」
家庭は外洋に面した港のようなモノ。そして、子供は船に例えることが出来る。
大海原を航海してきた船は荷を降ろし、燃料を入れ、船体に損傷があればそれを直し、新たな荷を積んで、再び次の寄港地へと航海を進める。
それは、家庭と子供にとても似てる。
子供は家庭を港にして、毎日、外に出て、そして必ず家庭に戻ってくる。
その時、家庭が元気とやる気を生む「幸福の港」なのか、
それとも諍いの絶えないような「不快な港」なのか。
それによって、子供のココロは大きく違ってくるモンだ!
使命ある子供のために「幸福の港」の建設が今こそ大きく求められてるんじゃないかと、青は何時も思う。
だって、
「感謝の家庭(=職場・仕事)」に人財は、育つんだから。
投稿:by 青っち 2004 07 08 12:02 午後 | 固定リンク | トラックバック
2004.07.07
大切だよね「真心」っちゅうもんは、
青は、このBLOG、とりわけ今回の「お題」を活用しては、真っ正面から、真剣にそれも肩肘張らずに「わ」作りたい。ただの「わ」でなく、今回は、ビジネスとしてそれも、営業先は民間でなく「国」に対して行う事業を創出してみませんか!その土台が「真心のわ」と思うんだよね。(^_^)vだから、トラックバック野郎にお願いだ!<(_ _)>
40数年前、作家の有吉佐和子さんが中国を訪問した時のこと。
女性作家の謝冰心さんを訪ねると、前に自分が贈り物をした、その包み紙で、お返しの品を包み、贈って下さった、と。
「中国の包み紙はひどいので……」。
謝さんの言葉に、うっかり相槌を打ってしまい恐縮していると、謝さんは、静かに付け加えるです。
「解放後には、5億の農民が文字を書き、読むようになったので、紙も足りないのです」と。
新時代の建設に燃える民衆の息吹。その気高さに、有吉さんは強く胸打たれたという。
言葉ひとつ、品物ひとつに、どれほど深い心が凝結しているか。
そこに思いを致すことのできる「人と人の和合」が、青たち及び就中、ビジネスの世界で、あらねばならない、と。
時は鎌倉時代、御供養をお届けした門下に対して即座に筆を執られ、己心の真心を最大に讃えられた。
ある時は「いつものことだから驚かないとか、珍しくないと思うとすれば、それは凡夫の心です」と。
そして、今で言う不況や税金の負担増で、世間の誰もがゆとりのないなかでの御供養であることを、事細かく察せられている。
当たり前と、思っちゃぁーいけんよね。
真心には、最大の真心で応えていこうとの熱き思いが、各個人の責務だから。。。
だから、世間では「年に一度」の日々だろうが、出来ると思うな、新しいビジネスの枠組を、このBLOGで行えることを念頭にし。
投稿:by 青っち 2004 07 07 04:39 午前 | 固定リンク | トラックバック
2004.07.06
心の「ツボ」、
一度しか会った事のない方に、突然「○○さん、こんにちは」と言われたり、先生と云われる方に「○○さん、その後元気でやっているかねぇー。」と言われたりすると、自分の名前を覚えてもらえただけで嬉しいもんです。ところで、みなさんはどん位「人の名前」を覚えていますか。
手元にある資料に、そのことが重なるものがあります。
そこには、ある会社の話しが紹介されています。
とある労使紛争で、揉めていた赤字会社の社長に派遣され、一気に労使紛争を解決したと言う話し。
派遣された人物は、数日のうちに300人の社員全員の名前と顔を覚えたそうです。
そして、朝一番に出社して工場の門のところに立ち、出社してくる社員一人ひとりに、
「○○君、おはよう」
「△△君、おはよう」
と、挨拶をしたら、不思議なもので社員の態度が、その後、コロッと変わってしまい会社の経営が軌道に乗ったと。
「○○君、おはよう」と、云われることで、社員からしてみれば、社長が自分の名前を覚えてくれたと思い、特別に目をかけてくれている、と思ってしまうのでしょうか。。。
「名前を覚える」という事は、人間の中にある欲望の一種であり本能である「名誉欲」を刺激する事になるのかな。
あまり満たされる事のない、飢えた欲望であるため、誉められたり、評価されると大きな喜びになり元気が出てきたり、やる気がでてきたりするもんですよね。
これは、心の「ツボ」を押したことになり、人の心をとらえることとなりますよね。
「名前を覚える」
ただそれだけで生きた気配りとなる。
人間が好きで「人に興味をもつ」ということをしていないと、「名前を覚える」ということはできないようだ。
このような、生きた気配りは、努力しないとできないことであるから、それを実行することで飛躍的な効果が現れることになります。
「名前を覚える」という些細な事でも人は喜び、人の心を捉えることができるのであります。
自分にとって、適度な刺激を脳にあたえることができ、その上相手に対しても良い印象を与えることができるのでは。
是非、当たり前の事かも知れませんが、お試しあぁーれ(^^)v
投稿:by 青っち 2004 07 06 03:27 午後 | 固定リンク | トラックバック
2004.07.02
気流なんだよね(゚_゚=、
目下、「個」に対する業務を集中的に行っているが、ここでも個人であれ、その方の周辺であれ、「気流」が良い方向に、嬉しいように流れ始めている。大組織もまた然りだろうが、「要」なるヒトが如何に取り組むかで結果が出る。やはり、青は「プロセス」を重視したいネ!
「これからの組織は『金太郎飴集団』ではなく『桃太郎軍団』になるべきだ」と、ある経営者は幾度も云われている。
青も昔からそう感じながら歩いている。
イヌやサル、キジが、それぞれの特技を生かし、桃太郎は鬼を退治することができたんだから。
ビジネスの世界で「エントレインメイト現象=(周囲の人をそれに乗せること)があるという。
まず、リーダーが職場で“気流”になり、“つむじ風”になれば、組織は変わるというもんだ。
この気流を起こすには、3つの「E」が必要だっちゃ!
1,仕事を面白く(エンターテインメント)する(^^)v
2,職場を明るく楽しく(エンジョイメント)する(^_^)v
3,一人ひとりに仕事の意義を感じさせ興奮(エキサイトメント)
させる。(^_^)v
この3つのリーダーシップを発揮することで、新しい気流が起こるんだよね。
そのために、リーダーに必要なことは、活発とした生命力をもつことは云うまでもない。
「シビレエイの譬え」のように、自らが感動すれば、そのまま職場や組織に感動となって伝わっていく。
勢いとスピードが、戦いの勝敗を左右する。
「リーダーは満々たる生命力で、自分自身が知恵をわかせ、自分自身が率先して『前へ進む』ことである」とは、今回の社長の行動を垣間見ながら強く感じた。
満々たる生命力と行動で、周囲に“感動の気流”を起こし、自分らしい対話の波を起こしていきたい。
そこに、「目指す価値」があるからだ。
投稿:by 青っち 2004 07 02 07:51 午後 | 固定リンク | トラックバック
2004.05.20
静かなるスタート、
今日は青っちにとって「こころ静かなスタート日であり」後世の記念日でありたいと。2004年5月20日、「青年(あおと)の思い」を謳う。
「大楠公」
青葉 茂れる 桜井の
里のわたりの 夕まぐれ
木の下 陰に 駒とめて
世の行く末を つくづくと
忍ぶ鎧の 袖の上に
散るは涙か はた露か正成 涙を打ち払い
我子 正行 呼び寄せて
父は 兵庫に 赴かん
彼方の 浦にて 討死せん
汝は ここまで 来れども
とくとく帰れ 故郷へ父上 いかに のたもうも
見捨て まつりて 我一人
いかで 帰らん 帰られん
この正行は 年こそは
いまだ 若けれ もろともに
御供 仕えん 死出の旅汝を ここより 帰さんは
われ 私 の 為ならず
己れ 討死 なさんには
世は 尊氏の ままならん
早く生い立ち 大君に
仕えまつれよ 国のため
戦場に旅立つ父と、後継を誓う子との厳粛な情景を歌った。正に「父子の譜(うた)」である。
19才で先輩から教わりし詩、20代は何時もこの曲と共に過ごした。長男が産まれた時分、萩原天神界隈で本当に良く散歩しながら、又訪れる若い学生等来客者にも、「いいんよ、こんうた」と語っていた。
そして本日、粋な人生を背に、新たな思いで記念日を設け、歩みを確認しながら参りたい。
何があっても、「今日より明日へと」の思いを基軸に。
投稿:by 青っち 2004 05 20 11:47 午後 | 固定リンク | トラックバック
2004.04.29
「ダイエット中のランチ」、
青っちの周りは、本当に「ダイエット」と称した取組をされてる人が多い。っでもって、営業ウーマンさんからも度々お便りを戴く。
今日は、「ダイエット中の外食ランチの摂り方」ってことで記してみたい。いつも携帯から閲覧下さってる、自称「サングラスは私」と仰って下さる、粋な国体選手、職員室とカラオケBOXとをお間違えのないよう、慎ましく教鞭を、おとり下され!d(^-^)ネ!
「ダイエット中でも朝食は、1日の活力源になるのでしっかり食べよう!夕食は、その後の活動量が少ないので控えめに」等と、朝食や夕食は話題にされることが多いのに対し、昼食は軽視されがちだ。(?_?)
しかし、昼食も立派な食事、ダイエット中は、食事1回1回を、しっかり考えて食べることが重要となってくる為、昼食の摂り方次第で、ダイエットの成功率が、かなり変わってくる。
特に、会社員の場合、お昼は外食という人が圧倒的に多い為、注意が必要。そこで、今回はダイエット中の人が上手にお昼に外食する方法をご紹介。
外食メニューには、幾つかの「ポイント」がある。
まず第一に、脂質過剰のものが多いと、いうことが挙げられる。
人気メニューの揚げ物は、ボリュームたっぷりで、見た目にも満足感があり、つい注文しがち。しかし、揚げ物は、油を沢山吸っている為脂質の摂取過剰につながり、肥満の元になる。
揚げ物は、週2回にする、など頻度を自分で決め、食べる回数を減らすようにするっちゃっね。また、脂身や衣は残すといった工夫も必要。
ダイエット中の人の定番メニューは、そばとうどん。
確かに、これらは、低カロリーだが、麺類を単品で食べると、どうしても野菜が不足がちとなる。野菜が少ないメニューは、食物繊維が不足するため、すぐにお腹がすいてしまう。
このため、夕食前大量に、間食をとってしまったり、夕食を食べ過ぎてしまいがちになり、結局は太りやすくなってしまう。
そこで、お薦めなのは、定食やセットメニュー。
これらは、主食(ご飯やパンなどの穀類)、主菜(肉、魚、卵、豆製品等のタンパク質源を、主に使用したおかず)、副菜(野菜や海藻等を主に使用したおかず)が揃っていて、栄養素バランスがいいのが特徴。
但し、同じ定食モンでも、そば定やラーメン定食のように、そばとご飯、ラーメンとご飯のような組合わせのものは、穀類ばかり、沢山摂れて、栄養バランスが悪いのでお薦めできない。
又穀類の主成分の糖質は余分にとると体脂肪になりやすいので、ご注意を。
・味つけが濃く、塩分が多いというのも外食の特徴。
・濃い味付けの料理は、食欲が増し、ご飯もすすみます。
・出てきた品に、むやみやたらに、ソースや醤油をかけるのではなく、味をみてから少しずつ使用するよう。
不況のせいで、安い早いの昼食店が、若い人だけでなく、近頃は中
高年男性にも人気のようだ。これらのお店のメニューは、見た目より
もカロリーが高く、栄養素バランスは、あまりよくはぁーない。
不況の時期だからこそ、身体が資本だっちゃ!(^_^)v。昼食をバランスよく、しっかり食べれば、最も肥満につながりやすい夕食の食べ過ぎが避けられ、肥満や生活習慣病を予防できるということを、忘れちゃぁーダーメダーメ!




